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#3
「……あ“ぁ…….や……」
絶対的アルファのフェロモンに、当てられて。
強制的にヒートを引き起こされた僕は、溶かされて崩されて………。
これが運命なんだ、これがオメガなんだ、と怖いくらい実感してしまう。
いつもより大きく変わった形に勃ち上がったアルナイルのソレを、僕の孔は苦もなく無理もなく飲み込んでいた。
中の気持ちいいと感じるツボのようなじ所を擦られるたび、突かれるたびに。
僕の体はアルナイルを求めるように、反り返って。
頭や体の感覚が、まるでドーパミンが垂れ流されているみたいに麻痺してくる。
従って、イクのが止まらない。
後ろをガンガン犯されると、前がドクドク飛沫をあげる。
今まで、セックス以外も淡白すぎた僕は、かつてこんなにもイッタことなんてない。
どこか感覚のスイッチがぶっ壊れたんじゃないか、ってくらい。
イッても、イッても、萎えることなくイキまくって。
それでも、なお、まだ足りない………。
まだ、アルナイルが……足りない。
毎夜毎夜肌を重ねて、半ば犯されてるんじゃないかってくらい貫かれているにもかかわらず。
………まだ、足りない。
僕のお腹の中を破裂しそうになるくらい、熱いので満たして欲しい。
僕がアルナイルに溺れているくらい、アルナイルも僕に溺れて欲しい。
「ん……あ………あ“ーっ……」
頭ん中、真っ白だ……。
もう、何も考えられないくらい……気持ちいぃ。
もう、1秒たりとも。
1ミリたりとも、抵抗できない。
そんな僕の体を抱き上げて後ろ向きに座らせると、座位の体勢でアルナイルが深く僕を突き上げた。
「………キナリ……番になろう」
「……あ………アル………アルぅ……」
アルナイルはその腕で、僕の体をキツく抱きしめると、顎を掴んで動きを完全に封じる。
首の後ろにアルナイルの熱い息がかかって、強くなった花の香りが僕を余計動けなくするんだ。
「あ……あぁっ………あぁっ!!!」
首の後ろに、今までにないくらいの強い痛みが走る。
当たり前だけど、今まで人に本気で噛まれたことのない僕は、この瞬間、本能的にパニックになった。
首に食い込む鋭く力強い牙から逃れようと、身を必死に捩らす。
捩れば捩るほど。
僕に噛みつく牙は深く喰い込んで、逃れられない。
それどころか、その傷口から甘い媚薬が流れ込んでくるみたいに、さらに意識が高揚してくるんだ。
こんなに野生っぽい………本能のまま強い相手に惹かれて、支配されるように体に跡を残される。
その体をゾクゾクとさせる切迫感と、強い相手を手に入れた充足感に、腰が余計に揺れた。
壊れるくらい、抱き潰されたい。
抱き潰されて、〝僕のモノ〟を誇示したい。
………アルナイルと繋がった部分から、アルナイルの全てが注ぎ込まれる感じがした。
体の外も、体の中も。
すべてに、アルナイルが入り込んで、マーキングされている。
僕は、アルナイルのものだって。
アルナイルは、僕の運命だって。
「………ぁ………あ……」
僕の喘ぎ声と、アルナイルの荒い息遣いが部屋に響いて。
僕らはまだ冷めやらぬ熱量をぶつけるかのように、お互いを貪るように求め合う。
番になったらなったで、人格がぶっ壊れるんじゃないかってくらい、僕は乱れた。
いくらセックスしても、どれだけイッても。
アルナイルによって引き起こされたヒートによって覚醒した僕は、番というマストアイテムを手に入れたばっかりに、超絶淫乱にレベルアップして、アルナイルを三日三晩求め続けたんだ。
三日三晩、ヤリ続けるなんて………。
どんなんなんだよ、マジでさ。
そんな疲れを知らない淫乱と化した僕に、超絶絶倫のアルナイルは、三日三晩、これでもかってくらい僕を抱き潰した。
人間って限界を突破すると、いつもの60倍くらいセックスできるんだなって、思わず感心してしまったんだ、僕は。
「大丈夫?キナリ」
大理石のような立派な浴槽にジャスミンの花弁が浮いている。
僕とアルナイルは、肌を密着させて広い浴槽の隅っこにいた。
ちょうどいい湯加減によって、三日三晩続いた濃くて熱いヒートが、サーっと引いていくようだ。
「うん。思いの外、大丈夫だよ。
あれだけシタら、突っ込まれているところがヤバいかな?って思っていたけど。
今のところはなんともないよ」
アルナイルは優しく微笑むと、僕の背中から包み込むように僕を抱きしめる。
「やっと………やっと、願いが叶った」
「………アル」
「ボクのキナリ。ボクだけのキナリ。特別な……汀のキナリ」
「汀のとか、特別とか………何?」
「キナリは、僕の唯一の運命。
たくさんの運命の中から〝汀の運命〟を見つけることは、ボクが一番欲していたことなんだ。
キナリはボクの理想。キナリはボクの全てだから」
✳︎✳︎✳︎
ミア・プラキドスの国王の世襲は、かなり変わっている。
その世襲方法は、記憶。
血の繋がりでもない、家柄でもない。
代々の国王の記憶。
それが、唯一で全ての条件。
代々の国王の事細かな事情を記憶したアルファが、国王となるんだ。
前国王は次期国王の生まれる場所を予言して、前国王が亡くなってから49日後に、予言した場所で生まれたアルファをくまなく吟味する。
そうやって、ボクは選ばれた。
絶対的アルファの、絶対君主。
元々、ボクは田舎の農家の家の生まれで、たまたまアルファで、たまたま代々の国王の記憶を持っていただけなのに。
だから、小さい頃からずっと一人だったんだ。
そんなボクに、ばあやはたくさんの話をしてくれた。
この国の歴史とか、これからのボクのこととか。
「アルナイル様。
あなたにはたくさんの運命がいらっしゃいます。
その中でも〝汀の運命〟は特別なんですよ。
アルナイル様の全てを愛して、アルナイル様のお側に寄り添ってくださる素敵な方なんです。
あの浜辺のどこかに、アルナイル様の運命と繋がる〝入り口〟があります。
歴代の国王様でも、なかなかその入り口を見つけることは難しく、その人生を終えるまで見つけられない国王様もいらっしゃったほどです。
アルナイル様は、〝汀の運命〟を見つけてくださいませ。
アルナイル様はきっとそれが叶えなれますよ」
そこから、ボクには漠然とした希望が生まれる。
毎日海に通っては、まだ見ぬ〝汀の運命〟に会うべく、その入り口を懸命に探した。
波打ち際を隈なくあるいて、浜辺の石ころを全てひっくり返して。
そんなある日、本当に……偶然に………見つけた。
………汀の運命に繋がる……入り口。
浜辺の端っこの、波打ち際に歪む空間。
その空間に手を入れると、身体が空間に吸い込まれる。
体が2回転、3回転して、上半身が空間の外に出たのを感じた。
鮮やかな朱色の布が頭に被さって、目の前が見えない。
さらにその先は真っ暗で………小さな子の、すすり泣く声が反響して。
すぐ………分かった。
………この子が、運命の子なんだって。
暗闇に目を凝らすと、あっという間に目が慣れてきて、その子の姿をハッキリ捉えることができた。
黒い髪に、黒い澄んだ瞳。
パッチリしたその目から、ポロポロ流れ落ちる涙は、真珠のように輝いていて。
芯が強そうな顔をしているにも関わらず、儚い。
こんな、綺麗な子………初めて見た。
この子を抱きしめたい。
この子の名前を知りたい。
………この子にボクの名前を呼んでもらいたい。
そして………ボクのことを、好きになって欲しい。
そう思うといてもたってもいられず、ボクは声を発した。
「……見つけた。やっと、見つけた」
その子の名前はユキナリ。
ボクはイマイチ〝ユ〟の発音ができなくて、ユキナリは涙で濡れる顔で優しく笑いながら「キナリでいいよ」と言った。
だから、ボクも「アルでいいよ。アルナイルって長いから」って応えたんだ。
「僕、悪い子だから蔵に閉じ込められちゃった………。アル、僕のそばにいてくれる?」
「うん」
ボクは、体を屈めて空間の外に出た。
キナリの後ろに座ると、その小刻みに小さく震える身体に腕を回して、後ろから抱きしめる。
「ねぇ、アル。なんで鏡から出てきたの?」
「ボクが、キナリの所にくる入り口なんだよ」
「また……来てくれる?」
「うん。いつでも!」
そう言って、ボクはキナリの形のよい小さな唇にキスをした。
冷たくて、柔らかくて。
そして………ほのかに漂う、ボクと同じ茉莉花の香り。
………間違いなく、ボクの運命だ。
疑いようもない。
キナリは、ボクの〝汀の運命〟なんだ。
それからボクは、毎日キナリの所に通った。
キナリもほぼ毎日、蔵にいて。
会うたびに泣いていて。
だから………。
ボクはキナリを後ろから抱きしめると、慰めるようにキスをする。
いつの間にかそれが、ボクらのルーティンになっていた。
でも、それだけじゃ………。
だんだん、物足りなくなってくる………。
ボクたちは、まだ大人じゃないのに………。
アルファの本能と、オメガの本能が………惹かれ合って共鳴する。
キス……をしたら。
互いの体を舐め合って……。
舐め合ったら、寄せ合って……。
寄せ合ったら………未熟な体で、契りを交わす。
初めてなのに。
ボクはキナリのことは何もかも分かるし、キナリはボクのことを全て受け入れてくれるし。
ばあやが言っていた〝汀の運命〟は、本当にすごいんだなぁって。
ずっと一人だったボクに、血の繋がり以上に強くて深くて、愛しい存在ができたって。
ボクは本当に、うれしかったんだ。
そんな確信が、ボクの心の中に芽生えたのに。
ボクはキナリに突然、会えなくなってしまった。
キナリが……蔵から消えたんだ。
毎日、毎日。
ボクは鏡から上半身を出して蔵を満遍なく見渡しては、その存在をくまなく探す。
ボクはキナリに会いに行っていたのに、キナリにはそれからパタリと会えなくなって。
その内、ボクの体も大きくなって、鏡から顔だけしか出せなくなって………。
何週間も、何ヶ月も、何年も………そんな日が続いた。
唯一の運命であるキナリに会えなくなって、ミア・プラキドスではボクの〝単なる運命〟がどんどん増えてくる。
キナリを忘れることができるならと、ミモザや他のオメガと肌を重ねたけど、その度にボクの中に巣作る違和感や虚無感は増殖していって。
………それに耐えきれず、余計にキナリを欲してしまう自分がいた。
何度も、キナリを諦めようとして。
でも、諦めきれなくて。
ひょっとしたら、キナリはもう死んじゃってるのかなとか、変なことを考えてしまったり。
だからあの日、ボクは。
〝今日で終わりにしよう。キナリに会いに行くのを最後にしよう〟と決めて、汀の空間に体を預けたんだ。
…………そしたら、いるじゃないか!!
華奢だった体は倍以上になってるし、変なメガネをかけて布で顔を隠しているし。
その様相は、あの頃と全くかけ離れてはいたけど。
間違いようもなく、疑いようもなく………。
キナリだ!!
………もう、無我夢中だった。
気がついたらキナリの手を掴んで、思いっきり鏡の中に引き摺り込んだ。
これ以上、待ちたくない!!
もう、二度と離さない!!
もう、絶対にこんな思いをしたくない!!
引きずり込んでる最中に、キナリがつけていた変なメガネとほっかむりが、その顔から外れる。
………あぁ、ほら、やっぱり。
キナリだ……!!
嬉しくて、涙が出そうなくらい嬉しくて。
〝汀の運命〟を前にして、ボクの理性は吹っ飛んだ。
吹っ飛ぶくらい嬉しかったのに………。
キナリは………。
ボクのことを、マルッと忘れてしまっていたんだ。
ボクを初めて見るような目。
ボクに対して怯えてて、不機嫌で。
僕はそんなキナリが許せなくて、悲しくて。
どうにか思い出して欲しくて、ワザと力に任せて抱き潰したり。
ツィーから聞いたキナリの好物について、必死で調べたり。
………細いうなじを見ながら、後ろから抱きしめたり。
………ボクの、唯一の、汀の運命。
早く、早く………ボクを思い出して。
早く、その声で………ボクの名前を呼んで。
笑顔を見せて、抱きしめて………アルファとかオメガとか関係なく。
ボクを愛して。
ボクの………ボクの、一番になって………キナリ。
✳︎✳︎✳︎
「キナリは、僕の唯一の運命。たくさんの運命の中から〝汀の運命〟を見つけることは、ボクが一番欲していたことなんだ。キナリはボクの理想。キナリはボクの全てだから」
そのアルナイルの言葉が、意外に重かった。
飄々として、隙もない。
アルファのなんたるかも分かっていない僕だけど、アルナイルの引力は絶大だし。
その言動やオーラは最強だし。
だから、アルナイルがどんな気持ちでその言葉を言っているのか………色んな思いや想像が渦巻いて。
胸が、凄く苦しくなった。
幼い頃の、座敷童子だと思っていたのが、実はアルナイルだったなんて。
それをすっかり忘れていたなんて………現に今、アルナイルのことを思い出したと言っても、その言葉の割合の10%位しか、僕は真実を思い出していない気がする。
………結構、記憶力はいい方なんだけどなぁ。
蔵に閉じ込められた、って記憶しかなかったし……。
あの時の、僕はどうだった?
父は?母は?………兄弟は?
閉じ込められる前は?後は?
なんで閉じ込められられたんだ?
………僕は、本当に………悪い子だったのか……?
………アルに関わる、蔵周辺の記憶が、ゴソッ無くなっていることに気づいて。
サーっと血の気がひいて、せっかく落ち着いてきた体が、またガタガタと震えだす。
………今までとは性質の違う震えに、僕は耐えきれずに思わず口を手で覆った。
「どうした?キナリ」
「………な……い」
「キナリ?」
「記憶がない………。アルのこと、思い出したのに。それが……全てじゃない………。全部、思い出せない………」
「キナリ……落ち着いて!」
僕の体に回されたアルナイル腕にグッと力がはいって、僕の震える体を包み込む。
「………な、んで?………アルのこと、あんなに好きだったのに……なんで……?なんで……?!」
「キナリ!!」
苦しくて、悲しくて、胸が詰まる。
ちゃんと思い出したい……!!
ちゃんと……アルナイルの全てを、愛したい!!
こんなにもアルナイルは、僕のことを思っているのに………僕のアルナイルに対する気持ちや愛が、上辺だけのような気になって………。
番になっただけじゃダメなんだ!!
じゃなきゃ………僕は、アルナイルの………アルナイルの本当の意味での一番になれない気がした。
「大丈夫。大丈夫だよ、キナリ。ボクを思い出してくれただけでも、ボクはとても嬉しいし、とても幸せなんだ。だから、泣かないで……キナリ。ボクの大事なキナリ」
あの夜みたいに。
アルナイルはボクを慰めるような優しい言葉をかけ、僕に柔らかで温かなキスを落とす。
………甘えちゃ、いけない。
でも、アルナイルのキスやハグは、僕に最上の安心と幸せをもたらすから。
………つい、身を委ねてしまうんだ。
「………抱いて」
「キナリ……?」
「………納得するまで。………僕が、納得するまで……抱いて」
「キナリ……もう、今日は………」
僕はかぶりをふった。
「アル………〝ちゃんと思い出して、ちゃんと愛して〟って、言ったじゃないか………。だから……ちゃんと思い出したい、ちゃんと愛したい」
「キナリ」
「本当の僕がいい!!こんな中途半端な僕は、僕じゃない!!」
身を反転させて、僕はアルナイルの上に乗っかる。
アルナイルの澄んだ青い目が、僕の心中を見透かすように見上げて。
僕はその強い視線から目を逸らさずに、アルナイルの頬に手を添えた。
「僕はアルの全てが知りたい。全て僕のものにしたい。欠けた部分のある僕じゃ、ダメなんだ。だから………抱いて……。アルに抱かれたら、きっと………思い出すから」
纏うお湯の浮力を借りて僕の腰を浮かせると、すでに硬くなったアルナイルのソレを手に取って、三日三晩酷使した孔の入り口にあてがう。
少しずつ、浮力に反発しながら体重を落として、中に、奥に、入れ込んだ。
「……っか………はぁっ」
「キナリ……!!」
「あぁっ!!」
アルナイルが僕の腰を両手で強く支えて、僕の奥深くを貫く。
あれだけ、ヤッてるのに………番になってるのに。
僕は不安で仕方がなかった。
欠損した記憶は、僕にとってプラスなのかマイナスなのか。
抱かれて気持ちがよくて、頭が真っ白になっているにも関わらず、僕の心の一角は針でチクチク刺さるみたいな不安が消えなくて。
アルナイルは、何年もかけて僕を待っていたんだ。
それなのに、僕は。
流されて、ぼんやり生きてきた罰が今、あたったんだって思った。
思い出せ……!!
思い出すんだよ………!!
「あっ、ぁあっ!………アル……アルっ!!」
「キナリっ!!」
ヒート以外でアルナイルを求めたのは、僕が記憶のある範疇で初めてで。
僕は勢いよく上下する体を支えるように、アルナイルの肩に腕を回した。
………もう、流されない。
目立たないように、とか。
波風立てずに、とか。
そんな悠長なことなんて、言ってられない。
今が精一杯で、切羽詰まってて。
頭が真っ白になりながらも、幼い頃の自分自身を今の僕に重ねて、必死に記憶を辿っていった。
「いいです!結構ですから!!キナリ様!!」
「いいから、いいから」
「いいえ!それは私の仕事です!」
ツィーは怒ったように言うと、僕からフワフワした手触りのいい雑巾を取り上げた。
「邪魔です!大人しくしていてください!」
「だって……」
「だってもなにも!いきなりどうしたんですか?!キナリ様はアルナイル様の番となられたんです!!少しは自覚をもっていただかないと!!」
雑巾の前は、虹色のホウキを取り上げられて。
その前は、ピンクの羽根のついたハタキを取り上げられた。
少しでも蔵の中を再現したくて、僕は掃除から始めようと思ったんだ。
欠けた記憶を取り戻すため。
アルナイルにふさわしい番になるため。
流されないと決めた矢先に、ツィーから出鼻を挫かれる。
何も、させてもらえない。
掃除はもちろん、ベッドメイキングから洗濯まで。
あまりにもチョロチョロ手を出してしまったようで、とうとうツィーの堪忍袋の尾が切れた。
「動かない!触らない!ジッとしてろ!」と非常に低くて凄みのある声で、ツィーは僕を脅す……制する。
この時僕は、初めて………小さくてかわいいツィーのことを怖いと思った。
逆らったら、ガチでダメなヤツだったよ、ツィーは。
でもなぁ、僕は僕自身のことをしっかり固めないといけないんだ。
だから、とにかく何かしていたい。
些細なことでも刺激になるハズだから、体を一心不乱に動かしたいのかに。
結局、怒りに震えるツィーから、僕は部屋をつまみ出されて。
あてもなく、フラフラと海岸線のキワキワを歩いていた。
白い砂は太陽に照らされているはずなのに、サラサラして脚に纏わり付かない上に、熱くもない。
波打ち際の足に、たまにかかる海水は冷たくて心地良くて。
そういえば………。
アルナイルに腕を引っ張られて、転がり落ちた先がこの浜辺だったよな。
落ちたところで、強引に処女を奪われて。
あれよあれよいう間に、運命だのオメガだの言われて、今じゃアルナイルの番という立場になって。
誰かとライバルという関係になるのは、まだ慣れないけど。
ツィーのように、僕に対して裏表なく心配したり、励ましてくれたり。
アルナイルのように、その全ての愛情を僕に注いでくれたり。
元々の世界よりも、居心地が良いのは確かで。
………思い出さなきゃならないのに。
アルナイルとの出会いから全てを、思い出さなきゃならないのに。
父の顔も、母の顔も、ましてや兄弟の顔すら。
輪郭がボヤけて、ハッキリと〝こうだっ!〟って顔が出てこない。
無意識に、元の世界を忘れようとしている……?
番になったから……?
まるで最初からここにいたんじゃないか、って……?
………いやいやいや、そんなワケないんだよ!!
悶々としながら歩いていたら、いつの間にか浜辺の端の方まできていた。
足元からふと顔を上げると、視線の先には見慣れた先客がいた。
ミルクティー色の髪を風になびかせた、エニフだ。
………今は、なんとなく会いたくなかった。
そう思って、回れ右をしようとした瞬間、視界の端にうつるエニフの手が、風景に同化して消えるのを見た。
「エニフ!!何してるんだ!!」
ビクッと大きく体を震わせて、エニフが振り返った。
そうだ……!!あそこ………!!
僕が、飛ばされたところだ!!
エニフに手を伸ばした瞬間、エニフの体が引き摺られるように風景の中に消えた。
空気が歪んで、エニフを飲み込んだ場所から円状に波紋が広がる。
ここだ………!!
僕はここから来たんだ……!!
躊躇いもなく、僕は余韻で残る波紋の中に手を入れた。
中が……強い海流のようなすごい勢いで、渦巻いている。
………引っ張られる……!!
そう思って、足を踏ん張った次の瞬間には、僕の体は空間の歪みに吸い込まれていた。
洗濯機の中にいるみたいに。
体が縦横斜めに、もんどり打ちながら回転して、偶然にも手先が何かの枠を掴む。
長方形の細長い四角が僕の目の前に現れて、僕はそのまま指先に力を入れると、体をぐっと持ち上げた。
頭に、錦の布がかかる。
布の間から垣間見えるのは、真っ暗な………蔵の中。
………やっぱり!!
あの浜辺の空間の歪みは、僕ん家の蔵に繋がっていたんだ。
………なんて……感心している場合じゃない!
エニフは?!
エニフは、どこに行ったんだ?!
「いやーっ!!」
その時、暗闇からエニフと思しき声が響いた。
咄嗟に身を乗り出し、暗闇の中必死に目を凝らす。
あ………古箪笥の後ろ………仄かに、明るい。
僕は足音を立てずに、そっと古箪笥の影に身を隠した。
「大人しくせんかっ!!」
突然、遠い記憶の奥底に覚えのある、嗄れた声が地鳴りのように大きく響く。
………これ………おじいちゃんの、声?
なんで……?
おじいちゃんは、僕が小さい頃亡くなって………それで………。
「やだぁ!!離してーっ!!」
「お前か!!俺の………俺の………大事な雪也に手をかけたのは!!」
はぁ?!
………手をかけたぁ?!大事ぃ?!
………はぁ?!
おじいちゃんって、こんなキャラだったっけ?
そう言われてみれば………おじいちゃんの記憶と、アルナイルの記憶がスッパリ無い。
おじいちゃんがいたという事実と、アルナイルが座敷童子だという勘違いと、僕が分かってるのはそれだけで。
………心臓が飛び出すんじゃないか、ってくらい。
その音がおじいちゃんとエニフに届くんじゃないかってくらい………大きく鼓動が、脈打つ。
「雪也は俺のだっ!!俺しか知らないんだ!!知らなかったのに……なんてことをしてくれたんだ!!」
おじいちゃんの言葉が、僕の鳩尾に深く入り込んで。
鳩尾にうけた衝撃は、瞬時に頭の中に蓋をした記憶の箱を振動させて、粉々に砕いた。
『おじいちゃん……!……やめて…!!……痛いっ!!痛いよぉ……!!』
おじいちゃんの部屋で、毎日おじいちゃんは僕を畳の上に押し倒して、足の間を痛くする。
『雪也がいけない子なんだ……!!いけない子はお仕置きをしなきゃ、ならん……!!』
『や……やだ………たす……けて………や、だぁ』
今なら、分かる………。
僕、おじいちゃんにヤられた。
それが父や母にバレないはずもなく、僕は毎日、蔵に閉じ込められたんだ。
でもそれは、幼い僕をさらに追い込む結果となってしまった。
僕が悪い子だから、だからおじいちゃんが痛いことをする。
だから、こんなところに閉じ込められる。
だから………だから………苦しくて、悲しくて。
どうして蔵に閉じ込められているか分からなくなって。
そんな時に、アルナイルに出会った。
アルナイルは、優しかった。
花のいい香を振り撒きながら、僕を包み込むように抱きしめてくれるし、柔らかな唇で僕の冷たくなった体を温めてくれる。
おじいちゃんと同じことをしても、全然苦しくなかった、辛くなかった。
アルナイルが、好きだった。
暗くてハッキリとは分からなかったけど、優しい声も、暗闇でも輝く瞳も、僕に触れる手や肌も。
全部、全部、好きだったんた、アルナイルが。
アルナイルがいたら、おじいちゃんも怖くなかったし、蔵の中も全然辛くなかった。
でも、あの後すぐ………おじいちゃんに、バレて………。
アルナイルがどうとかじゃなくて、僕がおじいちゃん以外の輩にヤられたっていう事実に、おじいちゃんは憤慨して………。
僕をめちゃくちゃに、抱き潰して………心臓発作を起こして、死んじゃったんだ。
………忘れてたんじゃない。
辛くて、苦しくて、悲しくて。
おじいちゃんの最後の顔が、怖くて。
………アルナイルに、すっごく申し訳なくて。
僕は………僕は………記憶を、封印した。
封印して、楽な人生を歩むことを選んだんだ。
………何が、本当の自分だよ。
偉そうなこと抜かしてた割には、鼻っから僕の人生は偽りの人生だったじゃないか。
逃げて、ばかり………嫌な記憶すら無くして、楽な方楽な方に………。
僕は………何一つ………本当がないじゃないか!!
「エニフ!!」
古箪笥を踏みつけて、僕はおじいちゃんとエニフの間に飛び出した。
「ぬわっ!」
計算ではなかったけど、僕はうまい具合におじいちゃんに体当たりをすることができて、恐怖で固まっているエニフを抱き上げる。
「エニフ!走って!!早くっ!!」
エニフを支えながら、僕はあの鏡に向かって走った。
………あっちの世界に、とりあえず逃げなきゃ。
エニフを戻して、おじいちゃんがあっちの世界に来たらどうしようとか思ったけど。
とにかく、僕はエニフを鏡の中に押し込んだ。
「待てぇ、こらーっ!!」
背後でおじいちゃんの雷鳴のような声が響いて、僕は思わず振り返る。
………おじいちゃんが、古い花瓶を投げようとしていたのが見えて、僕は慌てて鏡の中に体を入れた。
鏡が割れたら、もう………二度とこっちには戻って来られないけど………。
今はもう、そんなこと言ってられない!!
そんなこと、関係ない!!
体が鏡の中に全部入りきるか、どうか。
ーーーパリン。
ガラスが砕け散る音が僕の耳を覆って、鏡の破片が僕の体の周りにまとわりつく。
「っつ!!」
左足首に鋭い痛みが走った。
それでも、僕の心は妙に落ち着いていたんだ。
目の前に映るは、アルナイルの汀。
通ずるは、君の汀。
ハッキリとその汀が見えるから、だから……大丈夫。
………もう、怖くない。
僕はもう、大丈夫。
ドサッーーー。
あの時と同じように、僕の体は砂浜に派手に転がり落ちた。
落ちたと同時に、バラバラと鏡の破片が僕に降り注ぐ。
体を起こそうとして、左足に力が入らないことに気付いた。
顔を後方に向けると、足首がズタズタに切り刻まれている。
……鏡が割れた瞬間、僕の左足首はちょうど鏡とど真ん中にあったんだろうな、きっと。
僕は情けなくも、そこに倒れ込んで動けなくなってしまった。
「キナリ様!!キナリ様!!」
頭上で僕を呼ぶ、エニフの叫び声が聞こえる。
「………エニフ…。怪我……してない?」
「大丈夫……大丈夫だよ。キナリ様」
「よかった……。よかったぁ………」
初めて、おじいちゃんに逆らえた。
初めて、自分の意思で動けた。
逃げなかった。
………そして、何より。
僕は全てを思い出して、手に入れた。
なんて……なんて………気持ちがいいんだろうか。
冷たい海の水と、あたたかな砂の上で。
僕の気持ちよさは、より大きくなってくる。
「………あぁ……。気持ちいぃ………」
そう、本当に言ったかどうかは分からない。
エニフの声がだんだんと、遠くから響いてくる感じがして。
瞼がすごく重たくなって。
その瞼には、愛しい人の笑顔が焼きついていた。
「………アル…。愛してる、心から。………愛してる」
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