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ghost2

  突然自宅に何の関わりもなかった有名人が現れた場合、普通の人ならばどっきりか何かか、もしくは新手の詐欺ではないかと疑うのだろうが、木村は違った。何の疑いも抱かないどころかすぐさま信じ込むと、羽山を自宅に上げてしまう。  そして何が起こったのか分からないという、至極当然の反応をしている芥川をよそに、奇妙なほどにすぐさま意気投合した木村と羽山は、オカルト談義に花を咲かせている始末だ。 「木村」  我慢ならなくなった芥川が割って入ろうとするが、そんなことはどこ吹く風で木村は完全に羽山に熱を上げている。 「え、そうなんですか、次の新作楽しみです。俺、絶対映画館で見ますよ」 「ありがとう。君のようなファンがいてくれるから、僕たちは頑張れるんだ」  今にも感激のあまり抱き付いていきそうな様子に危機感を覚えたのか、芥川が声を張り上げて木村の腕を掴む。 「何だよ」  不満げに芥川を睨み付けた木村だったが、何やら縋るような表情の芥川に気がついて、少しばかり頭を冷やした。芥川が言いたいことは分かるので、木村は羽山に向き直って咳払いをすると、本題を切り出した。 「羽山さんが本当に俳優のあの方だというのは信じますが、なぜそんなあなたがレンタルショップにお勤めなのです?それに、まるでレンタルゴーストを行っているのはあなたのような言い方でしたけれども」  木村と芥川の視線を受け止めて、見事に整った顔立ちに微笑を浮かべた羽山は肩を竦める。一つ一つが嫌味なく様になっていた。 「まあ、実際に経営しているのは僕じゃないけどね。客として通っていたのが、いつの間にか店の人間として訪問販売的な立場に収まっていたよ。もちろん、俳優業がない時に限るんだけどね」  すっかり砕けた口調になったのも、相手が自分のファンだという気安さからだろう。木村は役を演じている時の羽山のミステリアスな様子と比べて、驚きを禁じ得ない。  もっとも、同性でも思わず見とれそうになる外見は相変わらずで、芥川にしばしば肘でつつかれて現実に戻されながら話を進めた。自分で話せばいいのにとは思うが、芥川はどこか羽山を警戒しているようだった。 「えっと、じゃあ都市伝説は本当なんですね」 「そうだね。さっきも言ったように、僕も何度か利用したんだ。少しは霊感もあるしね」  そして最後に、茶目っ気たっぷりに付け足した。 「僕の場合は、別れた恋人の代わりを求めたんだよね。でも、もう見つけたからいいんだけど」  それは幽霊を恋人にしてしまったのか、それとも人間の誰かを恋人にしたのかは定かではないが、立ち入った話になりそうなので木村は聞くのを踏み止まる。羽山が不意に、興味深そうに木村を眺めて、値踏みするように全身に目をやった。   一方で、木村も羽山を穴が開くほど眺め出す。何しろ、羽山はいくら眺めても飽きないほどの美貌だ。芥川に肘でつつかれても無視をしていて、どれくらいそうしていたか分からなくなった時、羽山が思い出したように声を出した。 「さて、レンタルゴーストの仕組みを、君たちがどれくらい知っているのか聞こうか。まずは説明から始めないとね。お客さんが利用するかどうかを決めるのはそこからだろうから」   羽山の説明はこうだった。レンタルゴーストを行っているのは、今現在は羽山が勤める「彼岸花」だけで、これから先事業展開していく予定はない。  そして、レンタルゴーストの貸し出し期間としては、1週間から最長1ヶ月。好みの強さ、怖さ、見た目、目的によってふさわしいゴーストをお届け。ゴーストの合意を得られれば、友人、恋人、召使い等にできる。(ゴーストを生まれ変わらせる方法も存在するが、それはその時に知らせてくれる。)  主なメリットやデメリットとしては、守護霊のようになって運気をアップしてくれることもあるが、反対に運気を下げてしまうこともある。   常に霊を傍に置くにはつきもののことで、予想の範囲内なので、木村は特に意見はなかった。  しかし芥川は納得がいかないようで、もの言いたげに木村と羽山の間に視線を彷徨わせている。まだ口を利かないつもりなのかと焦れた木村は、ほんの悪戯心が沸いてきた。  いつもの意趣返しのつもりで、芥川の尻に手をやり、揉むように動かしてやった。すると芥川は文字通り飛び跳ねて、顔を赤らめた。  木村が笑いを堪えていると、芥川は迫力はあるが間抜けとも言える顔で睨んできて、ようやく口を開いた。 「幽霊の恨みを買うと、運気どころか色々と悪影響が出たりするんじゃないですか。そもそも、幽霊を商売道具になんて、間違っていると思いますけど」  羽山は芥川の言い分に頷いて、木村が出したコーヒーに口をつけた。安物のカップが高級品のように見えるほど優雅に飲んだ羽山は、唇を舐めて意味ありげに笑った。 「君の意見は真っ当だね。実際、恨みを買って悲惨な目に遭った者もいるよ。そんな人間も見てきた。でも、幽霊を脅して利用しているわけではないし、利害の一致なんだ。それに、当たり前だけれど、もともとは彼等も生きた人間だった。僕らと同じように、悪意には悪意、善意には善意で返す。もっとも――」  途中で言葉を区切り、木村に目を当てて続ける。 「使ってみなければ分からないよ。なんとなく、君なら大丈夫だと思うけどね」  言葉の真意を探ろうとすればのらりくらりと躱されて、木村は口車に乗せられるようにして即座に利用しようとしたのだが、芥川の制止がかかった。 「ちょっと待て。まずはその店に行ってみてから決めてもいいんじゃないか」 「何だよ、お前。さっきは反対なんてしなかったくせに」  木村がごねるが、芥川は表情を険しくして、決して譲ろうとしない。不意に何気なく視線を下ろすと、芥川の拳が震えていることに気が付いた。何か腹に抱えているものがある時の芥川の癖だ。 「もう、分かったよ。後で絶対説明しろよ」   複雑な表情をして、どこか不機嫌そうにも見える芥川に強引に約束させると、返事も待たずに羽山に向き直る。 「すみません、羽山さん。また後日そちらに伺うので、店の住所をお聞きしてもいいですか」 「分かりました。恋人の機嫌損ねたら大変ですからね」 「は?恋人?」  聞き間違いかと思って問い返したが、羽山は曖昧に笑ってテーブルを指差した。視線の先をたどると、先ほど受け取っていた名刺が置かれていた。うっかりしていたが、そういえば最初に挨拶をされた時に貰ったのだ。 「じゃあ、僕はこれで。分からないことがあればいつでもご連絡ください」 「はあ……」   手に取って裏返すと、連絡先が書かれていた。表には店の連絡先があったから、明らかにプライベート用だ。しかし、芸能人が簡単にそんなことを明かすはずがないと思い直した。  すると木村の考えを読んだように、羽山は立ち去り際に振り返って言った。 「言っておくけど、それプライベート用だから」  羽山が帰った後に、木村はサインを貰うことを失念していたことに思い当たると、悔しがっていつまでもそれを繰り返し口にした。

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