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ghost3
数日しても、芥川は反対した理由を明かさなかった。明かさなかったというよりは、下手な言い訳で取り繕い、終いにはこう言う。
「あの時は怖じ気づいただけだ。俺が怖がりなのは知っているだろう?最後に決めるのは木村だから、俺はそれに従う」
全く「怖じ気づいた」顔ではなかったとは思うが、優柔不断な芥川に呆れながらも木村は欲求には逆らえなかった。そもそも、芥川に反対されようとされまいと、木村は意思を曲げるつもりはなかったのだが。
「確か、ここを奥に突き進むとあるんだよな。楽しみすぎて、昨日は眠れなかった」
「いや、こっちじゃないか?マップを見せてみろ」
「ほら。というか芥川、来なくてもよかったのに」
金曜日の放課後、芥川に黙ってこそこそと店を探しに行こうとした木村だったが、結局捕まって一緒に行くことになり、今に至る。
黄昏に染まる町並みを眺めていると、判別しにくい物陰に何か得たいの知れないものでも潜んでいそうだと錯覚する。夜中も好きだが、そう思わせるこの時間帯も木村は好きだった。
「木村は方向音痴だからな。本当は羽山さんが来た翌日から探していたんじゃないか?」
携帯のアプリをナビに切り替えていると、目敏く反応した芥川に指摘される。
「い、いや。その翌日からだ。一応、お前の話を聞こうと思ってだな」
「ほとんど変わらないな」
「……」
芥川とくだらない話をしながら、細い脇道に差し掛かった時だった。違和感を覚えるほどひっそりとした道の入り口に、一人の男が佇んでいる。男は芥川と木村に気が付くと、任侠のような顔つきでじろりと睨み付けてきた。
普段から強面には慣れている木村だが、芥川とは種類の違う本物の危険な空気を感じてたじろぐ。 ここは、知らないふりを決め込んで通り過ぎるのが無難だろう。
「木村、大丈夫か」
「あ、ああ。早く行こう」
芥川の方を振り仰ぐと、男のことなど気にも止めていない様子で、ただ心配そうに木村を見返している。
本当に、芥川はオカルト以外のことには全く動じない。幽霊の悪意には気が付いて、人間の悪意には気が付かないに違いなかった。
不審な男から離れてしばらく歩くと、人気が全くない路地裏に小屋のような物が見えてきた。
「木村、あれじゃないか?」
芥川が指差す建物と、マップのナビが示す物は同じようだ。ナビゲーターが一言到着を知らせる音声が、静まり返った小道に反響する。
その音も飲み込まんとばかりに、重苦しくどんよりとした空間ができていて、それを建物が発している。点滅する街灯に目を向け、霊感がなくても何かが出そうな雰囲気を感じて胸踊らせた。
「早く行こうぜ」
ともすれば一日中突っ立っていそうな様子の芥川をせっついて歩かせようとするが、岩のように動かない。心なしか顔も強張っていて、青ざめて見える。引っ張って行くしかないかと腕を掴むと、じとりと汗ばんでいて、尋常ではないほど冷えていた。
「いくらなんでも、びびりすぎだろ」
いつものように冷やかして笑うが、芥川は黙りこくったままだ。
「まさか、何か感じるのかよ」
期待を込めて聞くと、芥川が何かを言いかけて。
しかしそれを聞く前に、恐らく店だろうと思われるが、小屋にしか見えない扉が軋みを上げて開いた。
「いらっしゃい、お待ちしていました。三名様ですね」
薄暗くて空洞の向こうに目が二つ浮かんでいるかに見えたが、よく目を凝らすと羽山だった。「三名」という言葉に訝しんでいると、羽山の目線が木村の背後に向けられる。
視線を追いかけると、先ほどの怪しい男が鋭い目付きをして立っていた。
店の中に通されると、意外と内装はしっかり整えられていて、外観の有り様が嘘のようだった。わざわざそういう雰囲気を演出するためなのかもしれないと思い、羽山の後をついていくと、更に怪しげな人物が現れる。
まるで突然降って沸いたような現れ方に、木村は喜んで、芥川はぎょっとしてひっくり返りそうになった。二人の反応に満足したのか、マントを羽織った怪しい人物ーー店主が口だけを見せて笑う。綺麗な笑い方だった。
勝手な憶測でしかないが、マントの下にはとんでもない美人が潜んでいるような気がした。
「羽山さん、鐘崎様のお相手をお願いします。私はご新規様をご案内致しますので」
「はい、分かりました。鐘崎様、こちらへどうぞ」
羽山は木村の家に訪れた時のような砕けた口調を引っ込めて、いかにも紳士然とした振る舞いで鐘崎を案内する。
恐らく他の客同士、互いの内容を聞かせないようにとの配慮だろうが、狭い店内にいればどれだけ頑張って離れようと聞こえてしまうだろうと思うのだが。
鐘崎が一体どんな霊を借りるのか気になっていたところ、木村は店主の声で意識を引き戻された。
「羽山からシステムについては大体聞かれていると伺っておりますが、今の時点で何かご質問があれば何なりと」
中性的な声質で、性別も年齢も顔も分からない相手と向き合うのは変な感じがしたが、木村は大して警戒心も抱かずに首を横に振る。
「そちらの貴方は?」
店主が芥川の方を向いて尋ねると、芥川は寒さを感じているように身震いした。自分より大きな小動物が震えているようで、おかしいような可愛いような気持ちになっていると、芥川が手を差し出してきた。
首を傾げながらも手を出すと、汗ばんだ手で握ってくる。正直気持ちのいいものではないのだが、園児を相手にしているようで微笑ましさを誘った。芥川の震えが多少は収まったようだ。
それを目にした店主が、笑みを深める。
「おやおや、仲がよろしいことで。思わずーーなりますね」
何か言われた気がしたが、肝心なところがノイズがかかったように上手く聞き取れなかった。芥川は店主の言葉を理解したのかどうか分からないが、何故だか完全に固まってしまって微動だにしない。
「そちらの彼は、思うところはたくさんおありのようですが、取り敢えず体験というかたちにしてみましょうか。お代は今回は結構ですので」
「え、本当ですか?もしかして、すぐに体験できますか」
木村が勢い込んで尋ねると、店主は軽やかに笑って頷いた。
「ええ、貴方はどうやらずいぶんと霊感がないようですけど。いえ、失礼。片想い、と言いますか、一方通行と言いますか」
「え?」
羽山にも、ましてや店主にも霊感うんぬんは話していないのだが、商売柄そういうことが分かるのだろうか。俄然好奇心が沸いた木村だが、それを押し止めて店主が問いかけてきた。
「すみません、話が脱線しましたね。本題に入ります。貴方はどんな幽霊をお試しされますか?」
食べ物の好き嫌いを尋ねるように、軽い調子で質問される。木村は深く考えずに、それこそ名前を尋ねられて答えるように、するすると答えを口にしていた。
「一番怖くて、強いのをお願いします」
木村がそれを口にした途端、くぐもった夕方のチャイムが外を流れていく。ふと気が付いたのだが、この店には時計がない。
異空間のような雰囲気を出している要因を一つ見つけて、木村は口角を引き上げた。
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