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雨恋歌
雨の匂いに恋を想う。
何事もなかったかのように毎日が過ぎて行く。
男と出会う前の日常と何も変わらない。
仕事に行き、
猫に餌をやり、一人分の食事を作る。
夜見る悪夢に目覚める夜も変わらない。
ただ、悪夢の中に男はいない。
あれは悪夢なんかじゃない。
幸せな夢だ。
殺す瞬間も、犯す瞬間も、ただただ愛しかった。
オレが殺した、愛しい恋人。
撃ち殺されてみたかった、とも思う。
アイツの目の前で撃ち殺されたなら、あの男はオレが死ぬ瞬間には、何か示してくれただろうか。
オレへの気持ちを。
もしもあの男がオレへの愛みたいなものを見せてくれたなら、オレは幸せに死ねたかもしれない。
オレは静かに毎日を送る。
恋人と同じ色の猫の毛を撫で、同じ淡い瞳を覗きこむ。
不思議と痛みはない。
ただ、雨の降る日はオレは思わず街をさ迷う。
傘を差さずに。
また、雨に濡れながら、恋人が歩いてるんじゃないか、そんな気がして。
雨の中を探す。
また巡り会える気がして。
傘を差す習慣のなかったオレの恋人。
名前さえ、本当かどうか分からなかった、オレの恋人。
何も知らないオレの恋人。
知っているのは、あの身体と、たまに見せる照れたような笑顔だけ。
オレは雨の匂いに恋人を想う。
そんな日に、オレの頬を濡らすのは雨じゃない。
オレは雨の中、立ち尽くす。
END
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