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殺戮される夜の過ごし方2
「お前・・・」
旦那は全てを察したようだった。
オレは刀を抜いたから。
「私を斬りに来たか。お前もアイツに狂ったか。抱いたのか?あの穴に入れたのか?」
旦那の目に狂気が滲む。
「良かっただろう。女よりもはるかに。甘かっただろう?あの肌は」
旦那は笑う。
「おれはそんな真似はしない」
おれは吐き捨てるように言う。
抱きたくないなんて嘘は言わない。
見れば立つし、夢の中なら何度かやったこともある、アイツをおもって扱いたこともある。
でもしない。
おれだけはアイツを遊女としては扱わない。
アイツはおれと同じ男で、賢くて可愛い弟のような幼なじみだ。
「とうだか」
旦那は薄く笑う。
旦那は傘を持ったまま、刀を持つオレに平然と近寄ってきた。
オレは戸惑った。
気持ちが乱れた。
その瞬間だった。
オレの右手首が無くなった。
刀を持ったまま、飛ばされていた。
オレは手首から先を失い、血を噴き出す右手を見ながら絶叫した。
旦那は何事もなかったかのように、傘を抱えていた。
あれは傘じゃない。
仕込み刀だ。
油断していたとは言え、あんな一瞬で。
でも、2の太刀は避けた。
かろうじて。
腕は失ったけれど。
おれは悟った。
「あんただったんだな、旦那」
おれは呻いた。
色町のことじゃなかったから、どこか関係なく思っていた。
この最近評判の夜な夜な刺し殺された女の殺し。
何でも見事な切り口で殺されているって話。
何故色町ではないのか?
殺されているのは夜鷹や湯女。
色町以外の身体をうる人間達だ。
色町ならいくらでもそんな女はいるのに。
何故色町以外?
色町だとマズイ人間だったからじゃないか?
色町なら、目立つ人間。
つまり。
大見世の旦那。
つまり、この旦那みたいな。
おれは転がるようにして、なんとか刀を左手で拾い上げた。
斬り落とされたおれの右手。
おれの。
地面のそれを、おれは呆然と見つめた。
「陰間上がりに刀が使えると思わなかったかい?忘八のオマエだって使えるじゃないか。それに私はこれでも武家の出だしね」
旦那は言った。
それは聞いたことがあった。
没落した武家が売り飛ばした男の子が、旦那だと。
「オマエも教えてもらうために先生をしゃぶったのかい?陰間の私は、世間ではご立派な先生のそこを私はしゃぶり、上にまたがり穴で締め上げなければ教えて貰えなかったよ。しかも教えてもらえたのはこの形だけさ。これだけを繰り返し練習した。でも確かに通用したろ、オマエが一番わかるだろう」
旦那は薄く笑った。
「十で売られて、汚らしいことは全てさせられたよ。うちの見世ではさせないないようなことも。あの子にはあんな真似はさせちゃいない。可愛いからね。何人もになぶられたりも、縛られ吊されたりも、鞭打たれたりもさせちゃいない。つらかったよ。子供だったしね。教えられた斬る動作を繰り返すことで、自分を保ち続けたよ」
旦那はつぶやく。
殺しが始まったのは数年前。
でもおそらく、もっともっとまえからは旦那は、狂っているのだ。
「家の為にと私を売ったあの女を、斬ることだけを考えてきた」
旦那の声は冷めていて。
「 夜鷹にまで落ちぶれた女を斬っているのは慈悲さ。そば一杯の値段で身体を売っている女に明日の苦しみをなくしてやったのさ」
旦那はうそぶく。
「あの子にはちゃんとどんな時でも感じられるように仕込んでやったし、ちゃんと優しく最初からこの私が教えてやった。自分を抱く男達を狂わし、殺す術まで教えてやった。可愛い可愛い私の子、誰にもやらない」
旦那が笑う。
その笑い声は狂気をはらんでいて。
「私のモノだ。あれは私だけのものだ。あれを一番よがらせられるのも、狂わせられるのも、私だ。どんなに誰が抱こうと、あれは最初から私のものだ」
旦那は仕込み刀に手をやった。
「オマエが使えるのは知っている。不意打ちじゃ、なきゃだめだったことも分かっている。でも、右手を斬られた今でも、オマエは私に勝てるかね」
旦那が近づいてくる。
旦那は抜いた。
旦那の刀がきらめいた。
ゆっくりと崩れ落ちた。
旦那が。
旦那はおれの切られていた
旦那がもう少しオレのことを見ていれば、旦那は死ななかっただろう。
おれは箸や筆は右手で持つが、その外は左手の方をよく使う。
オレは左手でも刀は振れるのだ。
それに、旦那は間違いなく速い。
でもそれは無抵抗な相手にのみ向けられてきた剣で。
殺し殺される修羅場をくぐってきたオレには二度目はなかった。
あんたは最初の太刀でおれを殺さなければならなかったんだよ。
それか左手を斬り落とすか。
「バカなやつ」
旦那は笑った。
おれは黙って見つめる。
急所はついた。もう長くはない。
おれは手首を口も使って手縫いで縛った。
これで血が止まる。
オレは旦那の仕込み刀を手にした。
用心棒のオッサンからもらった刀を仕込み刀の傘の中に入れる。
この方が目立たない。
旦那はまだ死んではいなかった。
でも、もうすぐ死ぬ。
「アイツは今頃あの先生と・・・。大旦那を薬で眠らせ、逃げたと店から知らせがあった・・・」
旦那の言葉におれは凍りつく。
「だから・・・先生を殺せと・・・あれほど・・でもいい、アイツも死ぬ。・・・どうせなら私が、殺したかったが・・死んだくらいで逃がすものか・・・」
旦那は笑った。
逃がさない。
どこへ行こうと。
アレは私の。
私のモノだ。
どれくらいの時間がかかろうと 生まれ変わろうと追いついて、その身体にそれを教えこみ、刀で貫いてやる。
旦那は死んだ。
ぞっとするような執着をアイツに残して。
でも、とにかく。
おれはアイツを探さなければならない。
アイツが何かしていることを調べているのに忙しすぎて、まさか今日逃げるとは思っていなかった。
何かするとは思って見張らせてはいたのに。
間に合ってくれ。
どうか、おれが行くまで死なないでくれ。
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