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オマケ 妹ちゃんの1日
朝
「おはようございます、お父様」
きちんと着替えてリビングに向かい、わたしはお父様に言う。
新聞を読んでいたお父様は新聞を置いて、わたしの前に屈む。
髭のあるお父様も熊さんみたいで好きだったけど、今の髭のないお父様も好き。
いつも笑ってる目は変わらないから。
「おはよう」
お父様はわたしの髪をくしゃくしゃにする。
わたしがせっかくとかした髪なのだけど、わたしはお父様が好きなのでまぁいいかと思った。
「兄様、おはようございます」
朝ご飯を持ってきた兄様に言う。
大好きな兄様。
「おはよう」
兄様はわたしのくしゃくしゃの髪をみて、少し笑った。
お父様がくしゃくしゃにしたこともわかったのだの思う。
多分兄様が後で直してくれる。
編み込みもしてくれるかもしれない。
なら嬉しいな。
お父様は最近お父様になったのだけど、兄様はわたしが小さなころから兄様だ。
わたし達は町にすっと住んでいて、神様の花嫁になる予定だった。
お父様達が現れて、わたし達はもう、神様の花嫁にならなくてよくなった。
町はもうなくなったのだと、お父様が教えてくれた。
わたしは学校へ行くのが少しツライ。
変な子だと言われるから。
町では学校には行かなかった。
神様のお世話係の人達が交代でお勉強を教えてくれたけれど。
だから、同じ年頃の子達が沢山いるところに行くのはすごく楽しみにしていた。
でもわたしは変な子らしい。
皆はわたしや兄様が見えるものは見えないんだって分かった。
とても賢いお父様でも見えないのだそう。
影にいるソイツらや、ソイツらが囁く人間の秘密。
それを口にしたらうそつきだって、仲間外れにされた。
そして、ケガするよ、気をつけて、と注意してあげた子がケガしてさらに嫌われちゃった。
わたしのせいではないのに。
お父様は無理に学校に行かなくてもいい、と言ってくれるけれど、わたし学校に行きたい。
町で学校に行く子達を見ていた時よりはそれでもいいから。
兄様だけはわかってくれる。
それでも、一人最近仲良くしてくれる子ができて、わたしは学校が好きになっている。
「 くんはね、実験が好きなんだって。でもね、お家で火がでちゃってね、お家の実験が禁止になっちゃったんだって」
わたしは朝ご飯を食べながらお友達の話をお父様にする。
「エジソンみたいな子だな。でもお前の仲良しは男の子なのかぁ。男の子かぁ」
お父様はものすごいややこしい顔をする。
喜んでいるのか、嫌がっているのか、わかんない。
「一度連れて来なさい 」
「気球作るの手伝ってくれる?お父様」
「水素作ってるのかもしかして。いや、本当に一度連れて来なさい。危なくないように見てあげるから」
お父様が言ってくれたので、お友達を連れてこれる。
楽しみだ。
兄様にはお友達はいなかったそうだ。
だから、兄様はとても嬉しそう。
兄様が喜んでくれてわたしも嬉しい。
長いこと、わたし達にはわたし達しかいなかったから。
わたしは兄様に髪を綺麗に編み込みしてもらって、お父様に写真を「待ち受けにする」って沢山とられて、学校にいく。
昼
前までは一人で食べてたけど、今はお友達がいる。
ニュートンが重力を発見した話とかを一生懸命話してくれる。
正直、言っていることの半分もわからないけれど、分かるところは面白いし、 くんの考えることは面白い。
くんはわたしの見るモノが信じられないと言っていた一人だった。
検証すると言ってわたしを観察記録しはじめて、わたしにしか見えないモノがわたしに箒やバケツを渡してくれたり、
ドアに挟んだ嫌がらせの黒板消しが宙に止まっているのを見て悩みはじめた。
「分からないことは理解できるまで検証すべき」
ということで、なんだかわたしと仲良くしてくれるようになった。
「お父様が大学に遊びにおいでって。お友達の先生の実験室見せてくれるって。次の土曜日、一緒に行こう」
「君と二人で?」
くんが何故か固まる。
「そう。お父様は大学にいるから」
わたしは答える。
「二人で電車乗ってバスに乗ってお出かけ。それってデー」
何か言いかけて、 くんは真っ赤になった。
「嫌?」
わたしは悲しくなる。
「いや、全く!!」
とにかく、喜んでくれてはいるみたい。
夕
塾から帰る。
やはり学校にずっと行ってなかったので、まだみんなにはなかなかおいつかない。
頑張らないと。
玄関に靴があったから、リビングへ走る。
やっぱり、 さんが来ていた。
大好きな人。
わたしの命の恩人。
わたしは飛びつく。
「ただいまでしょう、まず」
兄様に怒られる。
でも、嬉しかったんだもの。
「久しぶり、元気だった?」
さんはわたしを抱きしめてくれる。
お父様とお勉強の話が終わったら一緒にゲームしてくれる約束をして、塾と学校の宿題に向かう。
兄様がお部屋におやつを持ってきてくれた。
「頑張ってるね」
兄様が誉めてくれる。
「みんなに追いつきたいの」
わたしは言う。
「そうだね」
兄様は笑ってくれた。
夜
来なくていいのにアイツが来た。
「相変わらず、露骨に俺を嫌うな」
玄関で、感心したようにアイツが言う。
嫌い。
嫌い。
睨む
「猫が毛を逆立てているみたいだな」
アイツはケーキの箱をわたしに渡す。
アイツは嫌いだけど、アイツの買ってくるケーキは好き。
わたしはケーキの箱はありがたくいただき、兄様のところへ持って行く。
アイツもついてくる。
この人のおかげでわたしも兄様も花嫁にならなくてもよくなったのだということだし、そのためにこの人は腕一本なくしたのだということなのだけれど。
この人は嫌い。
台所に入るなり、料理している兄様を抱きしめた。
「いきなり、何するんですか」
兄様は怒るし、わたしも怒る。
わたしの兄様に気安く触るな。
でも、この人は兄様の怒りもわたしの怒りも気にしない。
こういうとこ、嫌い。
でも、一応離れた。
ぽかぽか背中を叩く。
「お前、本当に俺のこと嫌いだな」
あの人が感心したように言った。
嫌い。嫌い。
兄様を独り占めしようとしている人は嫌い。
さんとゲームしたりして楽しかった。
アイツもいたけど、晩御飯も楽しかった。
「明日、な」
アイツは帰り際、兄様の耳元にささやいていった。
明日は週に一度のアイツと兄様がお出かけする日だ。
兄様は真っ赤になった。
兄様がアイツを嫌いだったらいいのに。
そういうわけでもないのが、わたしにも難しいところ。
とりあえず、アイツの背中をぽかぽか叩いておいた。
「本当にお前俺が嫌いだな」
アイツはボヤいた。
さんはお父様が車で送って行った。
わたしはお風呂に入って寝るように言われる。
わたしはそう言う兄様をみつめる。
兄様は綺麗になった。
本当に綺麗になった。
まるでこの世のものではないかのように。
町が終わったあの夜から、兄様はどこか変わってしまった。
兄様はわたしよりも、はるかに視える。
前までは兄様が視ていたものがわかったのに今ではわからない。
お父様が会わせてくれた南の島のお婆様は、わたしには訓練が必要だと言っていたけれど、兄様については何も言わなかった。
何も言えることなどないと。
「早くお風呂に入りなさい」
兄様が言った。
わたしは言うとおりにする。
お風呂に入って、明日の時間割をあわせて、ベッドに入る。
わたしは幸せだ。
この暮らしが続けばいいと思う。
兄様が時折消えてしまうように思える怖ささえなければ。
どうかこの毎日が続きますように。
おわり
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