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リビングのテーブルの上に置かれた大きなホットプレートで倫平が京和家の特製だという自慢のお好み焼きを焼き始めた。 その様子を見て、 「悪いな」と、眞央。 「何がですか?」 「折角の連休なのに、他にしたいこともいっぱいあっただろう。 昼間から夕食の用意なんかであれこれ時間を使ってたみたいだし」 「そんな風に受け取られちゃいましたか・・・」 「ん?」 「俺は少しでも俺と会うのを楽しみにしていて欲しいって思っただけだったんですけど」 「・・・・・」 「じゃあ、今からふたりでゆっくりしたら良いじゃないですか。 ふたりとも明日は休みなんだし」 「・・・・・」 「ねえ?」と、優しく微笑む倫平。 眞央の心がまたキュッと締め付けられた。 今日一日、倫平の言動でずっとこんな調子を繰り返している。 眞央は心臓のどこかがおかしくなったんじゃないかと疑った。 「それで、なんで、お好み焼きなんだ?」と、眞央。 「ああ、ウチの母親が大阪出身なんですよ。 で、お好み焼きをよく家で作ってくれまして」 「へえー」 「めっちゃうまいですよ」と、自信の表れのように親指を立てた倫平。 「コツは焦らないことなんです。 早く火を通したいからと言って、ヘラで押さえつけるようにして焼いちゃダメなんです。 何もせずにじっと待つんです。 そうすることでフワッとした大阪風のお好み焼きになるんです」 「へえー」 「店長はこの街が地元なんですか?」 「まあ・・・お前は?」 「俺は大学でこの街にやってきて、そのまま就職しました」 「なんで?」 「別にこれと言って理由は。 たまたまウチの会社の求人広告を目にしたからかもしれません。 中古車業界あるあるですよ。 幼いころから自動車が大好きだったってやつです」 「じゃあ、自動車メーカーの会社に就職とかは考えなかったのか?」 「うーん、考えてはみたんですけどね・・・。 ただ、車好きとしては色んな車が扱える中古車の方に魅力を感じまして。 国産車も外車も扱えるじゃないですか。 たまには超レアな車も。 店長は?」 「へ?」 「店長はどうしてウチの会社に?」 「まあ・・・お前と似たような理由かな」 「へえー、店長も車好きだったんですか。 意外」 「なんで?」 「だって、店長は自動車に対してあまりこだわりがないじゃないですか?」 「・・・・・」 「だって、店長だけですよ。 ウチのショップでプライベートでも社用車を自家用代わりにして乗ってるの」 「・・・・・」 「確かに本社から社用車を自家用として乗っても良いって許可が出てますけど、ウチのショップの従業員は店長以外みんな自家用車を別に持ってますから」 「・・・・・」 「副店長の木下さんなんて、中古車売買ショップの従業員の特権を生かして、どれだけ買い替えるんだよってぐらい車を度々買い替えてるじゃないですか。 だから、まだ独身なんですって。 自分で言ってましたよ、車を買い替えすぎて結婚する貯金がないって」 「・・・・・」 「車好きは普通そんなもんだと思ってました」 「・・・・・」 眞央は黙り込むしかなかった。 倫平が指摘した通り眞央は幼いころから自動車のことなど全く好きでもなかったし、中古車売買ショプの店長になった今も全く興味が持てなかった。 中古自動車の売買ショップに就職した理由は、眞央にはただ❝それしか❞残されていなかったからだ。 胸の奥底に沈めてある古い苦い思いを倫平にこじ開けられてしまうような気がした。 どうしてだか、倫平だけにはその理由を知られたくないと思い、眞央は黙り込んでしまった。 倫平はそんな眞央の様子には気づかず、ホットプレート上のお好み焼きをうまく焼くことに夢中で、ヘラを使って、裏に表にと上手な手さばきで何回かひっくり返した。 「はい、いいでしょう、焼けましたよ。 お腹空きましたよね? 早く食べましょう。 ビール持ってきますね」と、倫平は冷蔵庫に向かって走った。 缶ビールをもって帰ってきた倫平は眞央に缶ビールとビールグラスを手渡すと、 「俺達、こういう話を全くしてこなかったですよね」と、口にした。 「ええ?」 「体の一番恥ずかしいところは全部さらけ出して知ってるのに、その他のことはお互い何も知らないなんて・・・なんか不思議な関係になっちゃいましたよね」と、倫平はどこか寂しそうにつぶやいた。 その言葉にまたもや眞央の胸が苦しくなった。 「そうだ。 折角だから、明日はどこか行きましょうよ?」 「えっ?」 「店長がこのままウチに泊まって。 ね?」 「男ふたりでどこ行くんだよ?」 「どこだってありますよ。 映画なり、ドライブなり、ショッピングなり。 よし、決まり!」 倫平の強引な誘いを眞央は笑顔で受け入れた。

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