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エトランゼ④

「あんたのクラスの音楽、私が授業することになったから」  いつもより遅い時間に、疲れた顔で学校から帰ってきた母は、昨日のカレーの残りを二人で食べている時、突然哲太に言った。 「え?なんで?」 学校が配慮しているのか、基本哲太のクラスや授業を母が受けもつことなどなかったので、哲太は驚き尋ねる。すると母は、表情を曇らせ箍がはずれたように話しはじめた。 「全く、校長も教頭も全然わかってないんだから本当にやんなっちゃう!西野先生はすごく力のある先生よ。小学校教諭免許に加えて、中高の音楽教諭免許も持ってる。よっぽど努力しなきゃ両方とるなんてそうそうできないわ」 「へえ、西野先生てすごいんだ」 「そうよ凄いのよ!だからね、私に西野先生と同じ事が急にできるわけないの! それなのに校長と教頭ときたら、代理の先生が決まるまで5.6年の音楽は、ピアノも弾ける持田先生にお願いしていいですか?その時間の3年1組の授業は私も含め他クラスの先生もお手伝いしますしとか言われた時は、思わず真顔では?!って言っちゃったわよ! 大体男はわかってないみたいだけど、妊娠てのは何があるかわからないものなの!西野先生が妊活してるの知ってて担任頼んだんたから、こうゆう事態になる事もちゃんと想定しなきゃ管理職として駄目だと思うのよ!」  息子に教頭校長の愚痴を言う母も教師としてどうかと思うが、大人の世界も色々あるんだなと、哲太はつい興味深く聞いてしまう。 「とりあえずそんなわけで、5.6年の音楽はそれぞれの担任にやらせろって事で免れたけど、あんたのクラスの音楽だけは少しの間私が見る事になったから、あんたも協力しなさいよ」 「わかったよ」  母が先生としてクラスにやってくる気恥ずかしさはあるが、仕方ない。 「じゃ、私は色々目を通したりやらなきゃいけない事あるから、皿洗いやっといてね」 「はいはい」 「ハイは一回でいい!男だから何も家事しなくていいと思ったら大間違いなんだからね!」 「分かってるよ」  もの凄い形相で怒る母に、哲太は素直に謝る。最近の母はとにかく余裕がなくて機嫌が悪い。触らぬ神に祟りなしとばかりに、哲太はとっとと皿洗いを済ませ自分の部屋へ向かった。

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