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エトランゼ③

「そういえば哲っちゃん、相変わらず幸人君とは仲良くないの?」  祖母が哲太にそう聞いてきたのは、夏休みも終わり、二学期が始まって1週間ほど経った、登校前のいつもの朝。幸人が転校してきてから、いつの間にか半年近く経とうとしていたが、哲太はいまだに、幸人とそんなに話したことはなかった。いや、普通に話しはするが、ただそれだけという感じだ。 「仲良くはないけど仲悪くもないよ、ばあちゃんなんでそんな幸人の事気にするの?」 「だって、ハーフの美少年だっていうし一度会ってみたいのよ!5月の運動会も出てなくて見れなかったし」  そうなのだ、幸人は有名なピアノのコンクールに出するとかで、運動会はもちろん、林間学校にも参加しなかった。なんでも奏恵さんが、この学校に幸人が転入してくるにあたって、事情説明の挨拶に来たらしい。 『かなちゃんて昔からそういうところきちんとしてるのよね、あんたの担任の西野先生なんて音大出身だから、やっぱり世界的なピアニストになるような子は、子どもの頃から色々犠牲にして、それでも高みを目指していくものなんですね!とか言って感銘受けてたし』 『そうゆうもんなの?』  普通の小学生である哲太には、運動会や林間学校を休んでまでピアノを練習するなんて全く理解できない。 「うーん、正直幸人とはこれからも仲良くなれる気しないなあ」 「そっかあ残念。まあ機会があったらばあちゃんのためにも連れてきてよね。行ってらっしゃい」 「行ってきます」 (ばあちゃんてジャニーズ好きだしミーハーなんだよな)  哲太は心の中で少し呆れながらも、いつものように祖母に見送られ学校へ向かった。ところがそれから数時間後、祖母が倒れ救急車で運ばれたという連絡が学校へきたのだ。  哲太の母は、哲太が3歳の時に離婚している。 物心ついた頃から、祖父、祖母、母の四人暮らしだった哲太にとって、祖父は父、祖母は母、母はまるで歳の離れた姉のような感覚で、哲太は自分に父がいない事を、大して寂しく思うことなく暮らしてきた。  しかし、哲太が小3になったばかりの時に、祖父が心筋梗塞で呆気なく亡くなり、その悲しみもようやく癒え、3人での生活にも慣れ始めた頃、今度は祖母が倒れたという連絡を受けたものだから、哲太も母も血の気が引いた。  幸い、洗濯物を干すため縁側から外に出ようとしたところ、足を滑らせ地面に落ちただけなので、命に別状はなかったものの、病院の検査で、骨粗鬆症と大腿骨骨折が判明する。  哲太は、祖母が高齢者である事を今更のように思い出し、退院したらもっと気遣わなくてはと反省したのだが、祖母の入院で、一番精神的にも肉体的にもきつい状態になったのは母だろう。 『私、自分がどれだけ母に甘えきってたか思い知った。親を頼らず仕事して家事までやってる母親って神だわ』  そう譫言のように言いながら、持ち帰ったテストの採点をする母を見た時は、子供ながらに心配になった。そんな慣れない生活を続けて何週間か経ったある日、今度は哲太のクラスでも、思わぬ事態が起こる。  その日、いつもは時間通りに現れる担任の西野先生がなぜか教室に現れず、やってきたのは教頭先生だった。なんだなんだと騒ぎだす生徒達の前で、教頭先生は皆を見渡し、予想外の言葉を口にする。 「実はですね、西野先生は妊娠しておりまして…」 「えー!」  何も知らされていなかった生徒達はびっくりして一斉に声をあげた。哲太の担任の西野先生は、小柄で丸々とした若いパワフルな先生で、その体型から、誰一人として先生の妊娠に気付いていなかったのだ。 「ようやく安定期に入ったので、生徒のみんなにも伝えようと思ってたんですが、実は昨日、切迫流産でそのまま入院になってしまいまして」 「嘘!赤ちゃん死んじゃうの!」  流産という言葉に、生徒達は敏感に反応したが、教頭先生は首を振り、切迫流産と診断されたからといって、赤ちゃんが死んでしまったわけではないと説明してくれた。ただ、絶対安静な状態でとても学校に来ることはできないという。 「代わりの先生がやってくるまでの間、私達が責任持って授業しますので、どうか安心してください。みんなも、西野先生が無事出産できることを祈っててくださいね」 「はい!」  子ども達の元気な返事が、教室に響き渡った。

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