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穴埋願望【1】

 この世にはとんでもねぇ変態がいる。  そのカテゴリもレベルも星の数ほどあるんだろうけど、目の前の野郎も間違いなくその一員だと田端は思ってる。  スーパーで買ってきた根菜の煮物の、レンコンの穴すべてに真剣な眼差しでゴボウを詰めている職場の後輩、上野を眺めて田端は呟いた。 「マジで危ねぇ変態野郎にしか見えねぇ」 「え?」 「ほとんど性犯罪者だぜ、それは」 「え? 何がですか?」  顔を上げて心外な面構えで訊き返す後輩は、妙な性癖さえなければ完璧な男だった。  何をもって完璧とするのかも人の好みもさまざまだろうけど、少なくとも一般的な基準で言えば、顔よし、頭脳よし、センスよし、如才なし、野郎として求められる身長もリーマンとしての能力も持ち合わせてる。  経済面では、特に金持ちってわけじゃなくても給料は普通にもらってるし、この分なら何かやらかさない限りは出世もしそうだし、それだけ揃ってりゃもう十分なんじゃねぇか。  なのに、だ。  田端は上野の手元を指さして首を振った。 「お前の穴埋め癖は重々承知してる。でもソイツはヤバイ」  そう。誠に残念なことに、天から二物どころか贅沢なくらい沢山与えられてる後輩は、余計なものまで授かっていた。穴があると埋めたくなるド変態な性癖だ。  それもデカイ穴には興味がなく──わかりやすく言うなら、トンネルを埋めたくなったりはしない──小さければ小さいほど、そわそわして落ち着かなくなるらしい。  さっき一緒に電車に乗ってるときも、見知らぬお姉ちゃんのバッグに空いたハトメ穴に危うく指を入れそうになったから、周囲に勘付かれないうちにどうにか思いとどまらせた。  そんなだから彼女ができると、下世話な話で恐縮ながら通常の穴埋め行為に勤しむのはもちろんのこと、隣で寝てる女の鼻に適当なものを突っ込んでは別れに至ったりという繰り返しだ。前述のように条件だけはいいもんだから女はすぐにできるのに、そんなわけで続いた試しがない。  ちなみに田端も何度か鼻に突っ込まれた。今日みたいに上野の自宅で飲んで泊まったり、もしくは逆に田端宅に泊めたりしたとき、目覚めたら鼻の穴に柿ピーのピーナツが嵌ってたりするわけだ。  一度ソラマメが入ってたときには、さすがにソラマメはやめろ! と怒ったものだった。全く、鼻の穴を拡張されちゃ堪らねぇ。  で、今また懇切丁寧な仕事っぷりでレンコンの穴ひとつひとつにゴボウを突き刺してるのを見る限り、正直もう卑猥な変態行為にしか見えない。幸い宅飲みだからいいようなものの、これが呑み屋で店員のお姉ちゃんにでも目撃されたら、いくら外観がコレだとはいえ間違いなくドン引きだろう。 「別にいいじゃないですか、ここには重々承知してる田端さんしかいないんだから」 「いやお前、常日頃からの心がけが大事だぜ? クセってのはうっかり出ちまうだろ?」 「いやもう出てますし」 「開き直るんじゃねぇ、出先でお前がうっかりしちまったら組んでる俺が困るんだよ」  すると上野は作業を止めて箸を置き、見た目だけはたっぷり風情を孕む愁眉を向けて寄越した。 「田端さんのために日頃から我慢しろと?」 「いま初めて言われたような顔すんな、ずっと前から百万回も言ってんだろうが」 「もう百万回も聞きましたっけ」 「効果があるまで何千万回だって言い続けるぜ、俺は」  言ながら箸を伸ばし、レンコンに詰まったゴボウを片っ端から抜き始めた田端の手を、ふと上野が掴んだ。 「わかりました」 「え、いきなり?」 「俺だって、今まで田端さんに言われて全く自戒を検討しなかったわけじゃないんですよ」 「あ、そう?」 「よかったら、ここはお互い歩み寄ることにしませんか」 「いや、俺が何か譲歩する筋合いってあるか?」 「癖ってのはね、田端さん。我慢するのはとんでもないストレスなんですよ。それを田端さんのために我慢する努力をしようって言ってるんです。田端さんのためにね」  田端さんのために、を後輩は二度言った。 「だから少しくらい協力してもらってもよくないですか?」 「まぁそりゃ、俺が協力できることならするけどさ」  そう答えたのが間違いだった。

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