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第34話
新居のベランダから眺める夜の景色は贅沢だ。破格の家賃でなければ一生住むことは無かっただろう。一人ならば不要な環境も、相手がいればこそと望んだのだが。
(今日も残業…)
時刻は既に十時を回っている。色々と責任を伴う案件が重なり、忙しくなるとは聞いていたし、汐月が早く帰ってこいと言ったところでどうにもならない。
新婚だからと浮かれているのは自分だけのような気がして淋しいだけ。自分を納得させるために頭の中で呟いて、缶ビールで飲み込む。
(休日出勤も多いし…。たまの休みは寝かしてやりたいしなぁ)
そもそも、汐月の休日は平日が多い。一ヶ月の中で休みが重なることはほぼ無くて、顔を合わせている時間が極端に少ない。
正直、セックスがしたい。
圭介に会いにバーへ行ったあの夜は、帰宅するなり激しく求められ、互いの体力が尽きるまで抱き合った。何度も意識を飛ばすような強引さが酷く嬉しくて、もっと欲しいと素直に言えた夜だった。
(もう、一ヶ月近くご無沙汰やねんけど…。世の中の新婚さんてどないしてんの?)
新婚。セックスレス。
夜のベランダでビール片手に携帯で検索するようなものではないが、酔っているので身体は素直に動いてしまう。
すぐに出てきたのは、新婚なのに夫が求めてくれない。という相談だった。カウンセラーの回答を見てみると、結婚して女性が家族というカテゴリーに入ってしまう事で性欲の対象として見られなくあるとあった。
「…いやいや、オレには関係ないやん」
女でもなければ、一緒にいるのに手を出してこないという訳でもない。
「あれ?ほんなら、別になんも我慢せんで良かったんかな」
中身のなくなった缶を振り回しながら室内へ戻り、新しいビールを冷蔵庫から出して口をつけた。
「んっま!」
流しに並んだ空き缶を見て、飲み過ぎたかと思った。だが、明日の金曜日は休みだ。
丈晃に再会する前は、休日前夜は相手を探しに出ていた。特にセックス目的でなくても、あのバーへ行けばマスターが話し相手をしてくれるし、運が良ければ圭介にも会える。好みの男がいればアプローチもしたし、されるまで待つ事もあった。
気ままな独身生活は楽しかった。戻りたい訳では無いけれど、丈晃とこうなってからは一人の時間が淋しくて仕方ない。
「なんやろ…めっちゃ悲しくなってきたやん…」
声に出すと、簡単に涙が溢れてきた。あっという間に頬が涙に濡れ、泣いている自分を可哀想だと思うと泣き声も我慢できない。
早く抱き締めて欲しいのに、それがなくて悲しい。酔っていても鮮やかに蘇る愛しい彼の抱擁。顔を合わせた時に、素直に言えば良かったのだ。
少しでいいから抱き締めて。
言えたのなら、きっと優しいキスもしてくれただろう。
「ただい…ま…?」
自分の泣き声で帰宅した物音に気が付かなかった。
キッチンの床に座り込んで泣いていた汐月は、驚いた顔で見下ろす丈晃に、くるりと背中を向けた。
「どっ、どうした?何かあったのか?」
同じ様に床に座り込んだ丈晃がすぐに後ろから抱き締めてくれた。
「あれ、すげぇ飲んでるな?嫌な事があって飲んだのか?」
大きな手が濡れた頬を撫でて涙を拭い、顎髭が耳をちくちくと刺激する。
「汐月、これはもう飲むのやめとけ」
手の中から缶を抜かれそうになったが、渡すものかと握り締めた。
「おい」
「嫌や!これはオレのんや!」
「お前、絶対飲み過ぎだって。話なら聞くから、ビールはもう終わりにしろ」
「終わりにはせんの!お、終わりとか、嫌や…嫌やもぉ、うぁ〜」
終わりという言葉が別れを連想させてしまい、胸が苦しくなってしまった。
「おいおい…。マジでどうしたんだよ。ほら、抱っこしてやるからこっち向け」
抱っこという言葉に反応して身体を反転させると、軽々と持ち上げられて膝に乗せられた。
「ビールより俺のがいいだろ?」
頷いた汐月は、缶ビールを丈晃に渡した。
素直な良い子だと褒めるように、大きな手が頭を撫でて、逞しい腕に抱きしめられる。心地良い不思議な感覚に包まれ、汐月の中から不安が徐々に消え始めた。
「で?どうした?仕事で何かあったのか」
丈晃の肩に額をつけて左右に振ると、そうか。と背中を撫でてきた。
「俺もちょっと辛いから聞いてくれるか?」
珍しく弱々しい言葉が聞こえて、僅かに酔いが醒めた。
「お前とこうしたくて辛かった」
頭にキスを受けて、また涙が込み上げてきた。
「…ぅ、お、オレの方が、淋しかったもん…。ずっと一人で待ってるん、さみしか、った…」
彼の首にしがみつくように腕を回すと、そのまま抱き上げられてしまった。
「そうか、淋しくて泣いてたのか?」
何度も頷いて返事をすると、丈晃は汐月をベッドの上に降ろして横にした。
「たまんねぇな。…汐月、抱かせろ」
寝転んだ汐月は、興奮した顔で服を脱ぐ丈晃を見上げていた。
獰猛な目で欲情する彼の姿に、脳が痺れている。
アルコールにふやけたままの汐月は、されるがままだった。
丈晃は自分だけ全裸になると、汐月のパジャマのズボンと下着だけをずらして、いきなりぱくりと股間に食いついてきた。
驚いて抵抗しようにも身体が上手く動かなくて、乱暴な舌にペニスを弄ばれてしまった。酔っていてもしっかり勃起していたが、すぐに射精してしまった。
「早すぎないか?」
「や、ちんちん口でもみくちゃにされたんやもん、丈晃のせいやもんっ」
「……お前、その言い方わざとか?」
険しい表情をした丈晃は、膝から衣服を抜かないままの汐月の足を、頭の方へと押し上げてきた。
「苦しい〜」
「大人しくしてろ」
きちんと脱いで足を広げた方が楽なのに。と言いたかったが、後ろにぬるりと熱い舌が這わされて息を呑んだ。
「やっ、いやっ、お尻舐めんといてぇやっ」
伸ばしたまま上げられた足は丈晃の腕が押さえていて動けない。その腕を手で叩いていたが、つつくように舐める舌は止まらなかった。
「丈ちゃん、やめてぇ…、あ、いや、ぁっ」
ぬくぬくと同じ場所だけを繰り返し弄られたせいなのか、段々と綻んでくるのが自分でわかる。
丈晃の舌先が押し込まれて粘膜に触れてくると、羞恥で涙が滲んできた。
やっと解放した丈晃は、汐月がべそをかいているのを見て、やっと下半身の衣服を取り去った。
「もう挿れられるくらい柔らかいけど、どうする?指もいるか?」
ローションを勃起した自分のペニスに垂らす丈晃に聞かれ、舌で弄られた後ろが疼いた。
「いらん…。丈ちゃんの、もう挿れて…」
汐月の望みはすぐに叶えられたが、すぐに全部は貰えなかった。時間をかけて進んでくる圧力がもどかしくて下から腰を揺らすと、煽るなとキスをされた。激しく舌を絡ませているのに、繋がる粘膜は慎重で焦れったい。
「んん、は、はよぉ、あっ、奥にしてやぁ」
「ちゃんと拡げてねぇだろ…っ」
苦しそうな丈晃の声を聞いて、彼も早く押し込みたい欲望を抑えているのかと気がついた。
汐月の身体を傷付けないように、制御しながら抱いてくれているのか。
嬉しさが込み上げると、期待した粘膜が勝手に蠢いて、中途半端に挿入された丈晃のペニスを引き込んだ。
「…っ、汐月…」
「丈ちゃんのおちんちん、もっとシて…。気持ちいいとこ欲しい…」
顎髭を指先でなぞりながらしたおねだりは、受け入れて貰えた。
汐月の身体がシーツの上を動くほど強く腰を押し付けられ、中の粘膜が歓喜している。
勢いよく打ち付けられ、強く大きくなる快感の渦が徐々に意識を奪い始め、真っ白な光の中に落ちるように全てを委ねた。
「目ぇ開かへん…」
激しいセックスのお陰で足腰が立たない汐月は、丈晃に浴室で全身を洗われていた。
「泣き過ぎだな。よし、終わり。湯船に浸かるぞ。掴まってろよ」
隅々まで綺麗にされ、抱き上げられて熱い湯に浸かると、酷使した尻や吸われすぎた乳首が滲みる。
「痛いところはないか?」
後ろから肩にキスをしながら問われ、素直に尻と乳首が痛いと答えた。
「…それはすまん」
「謝らんでええやん。…エッチしたかったんはオレもやし。気絶するくらい気持ち良かったし」
「それは何よりだ」
「…ええの?頑張るんはええけど、もう遅いで。あんまり寝る時間ないんちゃう?」
汐月は休みだから昼まで眠ればいいだけだ。だが、丈晃はそうはいかない。眠れても三時間程度だろうか。
心配になって振り向くと、キスをされた。
「週末は休みになったから大丈夫だ」
「やっと?」
「あぁ。だから、土日は汐月も夜には帰ってくるし、二人でゆっくり過ごせるぞ」
土曜日は久しぶりにお好み焼きに行こうか。と提案されて、喜んだ。
「ほんなら、さっさとお風呂上がってちょっと寝なあかんで。寝不足で仕事して怪我したらあかんしな」
「……あぁ」
何となく歯切れの悪い返事に気がついて、なに?と聞いた。
「いや、…何もねぇ」
「あるんやろ。なんやねんな、気になるからちゃんとゆーてや」
日々を幸せに過ごす為にも、話さなきゃならないことはきちんとした方がいい。酔いが醒めた今だからこそよくわかる。
丈晃は顎髭を撫でながら唸っていたが、何故かその手で目元を隠してしまった。
「…なにぃや」
「………セックスの時にまた丈ちゃんって呼んでくんねぇか?」
数秒の間。はっきりと記憶はなかったが、そう言えば昔の呼び方をした気がする。
「な、前もそんなんゆーてなかった?もう、最悪やな!」
両手で湯を彼の顔目指してかけてやると、抱き締められて動けなくなった。
「仕方ねぇだろ。初恋なんだよ。…可愛いお前をやっと手に入れたんだ。当時の呼び方されたら、めちゃくちゃ興奮すんだよ」
素直に告げられてしまい、いたたまれなくなった。
「変態!もうあがる!」
「立てねぇだろ。危ないから行くな」
「結局、ただの変態やんか!あれなん?オレが幼く見えるから?」
「違うっての。ほら、キスさせろ」
ストレートに言われると弱い。汐月は大人しく湯船に戻り、丈晃の膝に乗って目を閉じた。
重なる唇は優しく汐月の唇を吸い上げ、浴室に音が響く。
「……ほんま、理想とは程遠いのに」
「淋しくなって泣いちゃうほど俺が好きだろ?」
嬉しそうに目尻に皺を寄せる丈晃に、昔の面影は殆どない。
「…そやな。愛してんで、丈ちゃん」
告げた後に汐月からキスをすると、息苦しい程抱き締められてしまった。
同じ言葉をキスの隙間から聞かされた汐月は、両手を広げて丈晃に抱き着いた。
終わり
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