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第1話

「運命の番を探しているんだ」  その言葉を聞いた俺は一瞬目を見開くと、吹き出すのを堪えるため、自らの唇に拳を押しつけた。  何度か噎せたふりをして咳き込み、水の入ったグラスを手に取る。 「すみません」  半分ほど飲んで、グラスをテーブルに戻す。   顔を上げると、目の前の男はもうこちらを見ていなかった。  磨きぬかれたガラス越しに見える立派な庭園の更に奥を見つめるように、視線をやっていた。  俺はそれを良いことにその整った横顔を存分に観察した。  どこか冷たそうな薄い唇。  スッと通った鼻筋。  真っ黒な瞳の上にある意志の強そうな眉が今は顰められている。  男が気分を害したのは明白だった。  また失敗しちまった。  こんな如何にもアルファな年上の男が運命の番なんて真面目な顔して言うから、つい笑いそうになってしまった。  ため息はやたらと大きく響き、俺は慌てて口を押え、男を見た。  男は変わらずに横を向いていて、俺の方はちらりとも見ない。  俺は唇を噛むと男と同じように、光を浴びて眩しいくらいの緑を、見ているふりを始めた。  俺達の住むこの世界は性とは別に人類を分ける三つの区分がある。  アルファ、ベータ、オメガがそれだ。  比率で言うとベータが一番数が多く、人口の50パーセントを占める。  残りの50パーセントの半々がアルファとオメガだ。  「見た目も能力も平凡と言わざるを得ない」  失礼な話だが、小学校の保険の授業で俺達はそうやってベータのことを学ぶ。   じゃあアルファとオメガはどうだって?  「アルファはこの世界の王」  冗談じゃなく今でも保険の教科書にはそう書かれている。  アルファはどういうわけか昔から見た目、知能において優れた者が多い。  スポーツ選手、政治家、アーティスト。  この世界で偉業を成し遂げるのはほとんどがアルファだ。  女性しか妊娠できないベータと比べて、アルファは女性、男性ともに妊娠が可能な体をしている。  しかし近年、自然妊娠の確率はベータ、アルファ共に下がり続けている。  環境汚染が問題なのではとも言われているが不妊の実際の原因は特定出来ていない。  そこで俺達オメガの出番だ。  オメガはアルファと同様に男女共に妊娠が可能である。  違うのはオメガには発情期があるということだ。  成長し妊娠可能な体になると、オメガの発情期は始まる。  発情期は一か月から三か月に一度、一週間ほど続き、その間は自らの意思関係なくフェロモンの香りをばら撒いて雄を誘う。フェロモンにあてられた雄は発情期のオメガ同様、興奮状態に陥いる。外出をしてうっかり発情し、ベータやアルファにレイプされたオメガなんて、それこそニュースにならないくらいありふれている。  発情期中に性交すると妊娠の確率がかなり高くなり、子供を欲するアルファやベータの男性体は結婚相手としてオメガを選ぶことが多い。  結婚の制度とは別に発情期中のオメガの首をアルファが噛み、痕を残す、番というシステムもある。  番になったオメガは発情期のフェロモンがだいぶ抑えられ、番相手のアルファ以外と性交すると生理的嫌悪を催す様になる。  ちなみにベータがオメガの首を噛んでも番にはなれない。  このような特異な体質のせいでオメガは昔から、蔑まれることが多かった。 「オメガは産む機械」  なんて失言をして、辞職に追いやられた政治家がいたが、心の中では皆思っていることを代弁したに過ぎない。  それでも最近は質の良い抑制剤が開発され、発情期が軽くなったり、発情期のオメガをレイプした場合、懲役刑に処される法律が制定されたり、昔よりは俺達も暮らしやすくはなってはきた。

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