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第2話

「それでもオメガにとって一番良いのは、やはり有能なアルファの番になること……」  朝、父親にそう言われたことを思い出し、俺はもう一度ため息をついた。 「出るか」  問いかけのようであったが、俺が同意する前に男は既に立ち上がっていた。  俺は慌てて男の後を追い、隣に並んだ。  オメガの特性に小さくて可愛らしく庇護欲をそそる様な見た目があげられるのだが、俺は身長175㎝。ベータの男性の平均身長よりも高いくらいだ。  それでも隣の男は俺より10㎝は高そうだった。  さっきせめて小首をかしげて「わあ、運命の番なんてロマンティック。素敵ですぅ」くらい言えていれば。  いや、175㎝の大男がそんなことをしても不気味なだけだ。  小さく頭を振り、顔を上げると男が金色のクレジットカードを店員に渡すところだった。 「あっ、お会計」  スーツの内ポケットから財布を出そうとする俺の手を、男が止めた。 「学生からお金なんて貰えない」  俺はその言葉におずおずと頷いた。 「ごちそう様です」 「いえいえ」  俺達はそのままホテルの正面玄関まで移動した。 「本当に送らなくて大丈夫?」 「はい。まだ明るいし」  腕時計を見ると、16時だった。  ホテルの喫茶店に入ったのが15時だったから、出会って別れるまで一時間弱。  お見合いの最短記録、更新。  心の中で呟くと、俺は顔を上げて笑顔をつくった。 「今日はありがとうございました。楽しかったです」 「うん。俺も楽しかった。お母さんによろしく伝えてね」 「はい」 「じゃあ」  こちらに背をむけて男が歩き始める。  俺も踵を返した。  大学4年で就職先も決まっているのに、母親はこのところ俺に何件も見合い話をもってくる。父親と同じ考えで、俺に早くアルファと結婚して欲しいのだろう。  母親の顔を潰さないため、毎回嫌々お見合いに挑んでいるが、自分のような可愛げないタイプが優秀なアルファに嫁ぐ未来なんて想像もできなかった。 「今日の相手はすごい方なのよ。お母さん紹介料って5万円も取られちゃたんだから」  そう言っていた母親に今日の経緯を話したら、烈火のごとく怒るだろう。それかあからさまに落胆するか。  重い気分の俺のポケットが震える。  スマホを取り出すと友人からのメールで、この近くで飲んでいるから来ないかという内容だった。 「行く」  簡単に返信し振り返ると、もう男の姿は見えなかった。  男は俺と同様に見合いに乗り気ではなさそうだった。それでも運命の番探しのため、わざわざ気詰まりな見合いに参加したのだろうか。  何故男が運命の番に拘るのか気になったが、もう会うこともないだろう。俺は視線をスマホの画面に戻すと友人のメールに添付された地図を頼りに、歩き始めた。

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