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第42話
その瞬間、男の体が横に飛んだ。
顔を上げると、無表情の貴一さんが立っていた。
「貴一さん」
俺が呼びかけても、貴一さんはこちらをちらりとも見なかった。
蹴り飛ばした男に近づくと、顔面を二発続けて殴る。
ぱっと血が飛び、貴一さんの拳が紅く染まった。
その間にもお義母さんに、わらわらと雄たちが引き寄せられていく。
お義母さんが叫び声をあげると、貴一さんは露骨に舌打ちした。辺りにいる男達を蹴散らし、お義母さんを抱き上げる。
「瑞樹は後からゆっくりおいで。転んだりすると危ないから」
床に座りこんでいる俺に微笑み言うと、貴一さんは表情を険しくした。
緊急避難場所を見つけたらしく、まっすぐ走って行く。
残された俺はその背中を呆然と見送り、辺りを見回した。
お義母さんのヒートにあてられた男達は気まずそうに顔を赤くして、三三五五に消えて行った。
残ったのは床に転がる血だらけの男と俺。
先ほど表情も変えずに暴力を振るっていた男は、本当に俺の夫だったろうか。
あんな男、俺は知らない。
俺の腹に聴診器をあて、嬉しそうに話しかける貴一さんを思い浮かべた。
よろりと立ち上がると俺は歩き始めた。
お義母さんのためなら、あんな風に冷酷な顔をするんだ。
俺の知らない顔を貴一さんはあといくつもっているのだろうか。
そしてきっと俺なんかの為では、貴一さんはその顔を見せてはくれないのだろう。
そんなことを考えながら、俺は自分の足を機械的に動かした。
部屋に入ると、お義母さんの甘い匂いのせいでは思わず咳きこんだ。
「瑞樹。来たのか?」
部屋の奥から、貴一さんの声が聞こえる。
進むと、ベッドの上でスカートのすそを持ち上げ、太ももを露わにするお義母さんのすぐ傍に貴一さんがいた。
俺はそれを見て顔色を変えた。
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