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第32話

「…………」 「…………」  顔を覆った手の隙間からずいぶん長い溜息を吐き、しばらく時間を置いてから観念したように呻き声を上げた。 「   お前もか」  小林先輩が耳まで赤くなっている。  珍しい顔を見て笑ってしまうのは悪いことだろうか? 「えっと   はい」  小さな声は、落ち着いたその店の中では大きく聞こえたが、それを咎めるような視線を送ってくる人はいない。  初めて出した自分の性癖を肯定する言葉に、ふっと心が軽くなる気がした。 「 一緒だと思います」  真っ赤な顔の小林先輩はおろおろとしているが、ずっと蓋をしていた事柄を肯定する言葉に気持ちは思いのほか軽やかだ。  誰かに言えば、世界が終わるんだと思っていた。  誰かに知られたその途端、息が止まるのだと思っていた。  けれど、世界は何も変わらず、時計の針が止まることもない。 「まぁ……お互いだけども、会社には 」  唇に指を一本立てて、しぃーっとしてから苦笑いを浮かべた。  オレが再び『gender free』に行ったのは、もしかしたらこんなオレにも興味を持ってくれる人がいるかもしれないと言う細やかな思いがあったから。  その思いの下になっているのは、オレの隣で資料に目を通している部長に対する何かがあったからだ。  何か……とぼんやりとしか言えないのは、それの正体がはっきりとわからなくて。  初めて知った人の熱に対しての性欲なのか、  盗み見る横顔に対してのときめきなのか、  大人の男としての憧憬なのか……  よくわからなくて……  でも気になる誰かがいてくれたら、それらを無視できるんじゃないかと思えた。

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