「三船には早かったか」 　そのからかいの言葉に返事もできず、小さくじたばたと体を震わせる。 「おい、美味しい……とは思いますが……」 　涙腺が馬鹿になったようで、手の甲をぐっしょり濡らしても涙は止まる気配がない。 　部長は一つ摘み上げ、なんて事のないように口に放り込む。 　それがまだまだ自分が未熟だと示されているようで…… 「た、食べれますよ！」 　強がって宣言し、もう一つ口の中へと放り込んだ。 　刺激がした瞬間に後悔しても遅すぎて……痛みに顔を覆って突っ伏してしまった。 「～～～っ！」 「すまないが、水を」 　部長の声に返る返事には笑いが含まれていて、顔が真っ赤になっていく。耳まで赤いんじゃなかろうかとそっと触ってみれば、案の定な温もりが触れて、茹でタコになっているのが分かった。 　恥ずかしくて、痛くて、でも顔を上げないわけにもいかず、「お水です」の言葉に後押しされて姿勢を正した。 「お　　　美味しかったです！」 　負け惜しみとはわかっていたが、食べ物としては本当に美味しかった。 「わかったわかった」 　とん　とん　と頭を押さえられ、雫が付いたままの睫毛をしばたたかせる。 　以前にもされたことがあったけれど、いつも突然で…… 　びっくりして息を詰めて涙巻きの乗せられていた皿に視線を落とす。 　ほんわかと、胸の温かみが嬉しかった。 「三船」 　名を呼ばれ、部長の方を見るが視線はこちらにはなかった。けれど部長の左手が、オレの右手に重なる感触がした。 「　え」 　緩く膝に置いていた指の間に、部長の指が入り込む。 　横顔は……何も変わらない。 「抱かせてくれないか」 　頭を柔らかく叩かれて温かくなっていた胸の内に、冷たい物が突き刺さった気がして、「え？」と小さく返す。 　オレの指を弄っている手には、金属質の光る指輪が嵌っている感触がする。 　結婚指輪 　確認し直さなくとも、ずっとずっと盗み見たそれを間違えるはずはなかった。 　部長は妻子がありながら今、オレに何を言った？ 「断ったからと、三船の立場が悪くなることはない」 　指先が、オレの指の間の柔らかな部分をゆるゆると撫でる。 　カウンター下の、誰の目にも触れないところで、部長はオレにセックスの誘いを告げた。