75 / 105

第74話

 肩を掴まれたけれど、恐怖が勝って振り払ってしまった。 「  やっとどもらなくなってたのにな」   八の字になってしまった表情は同情なのか、扱いに困ってしまったのか……オレには判断がつかない。   ただ やっぱり、拒否されるのが怖くて、逃げ出したくて仕方がなかった。 「本当に、それは……合意なのか?」  頷くしかできないオレに、小林先輩の長い溜息が聞こえる。 「医者と弁護士に、腕のいい人を知ってる」 「 ひ  必要な    」  更に首を振るオレに返されるのはやっぱり長い溜息で…… 「す、すみませ ん、帰ります ね」  付き合おうと言った相手が情事痕をつけて傍にいるのは、小林先輩にとってもいいことじゃない。厚意で家に招いてくれたのに、よりにもよってな裏切り方をしてしまったオレは、立ち去るのが一番だ。  たぶんもう、声をかけてくれることもないんだろうけれど。 「   あんな苦くて強い酒、飲めないぞ」  小林先輩の眉間の皺は、何を飲み込もうとした苦悩なのか…… 「あ  の  」 「一度言い出したことだから」  ぐいっと肩を押されてへたり込むと、眉間を押さえる小林先輩に見下ろされた。 「つまみでも作ってくる」  軽い引き戸を開けて、一瞬立ち止まった。 「痣があるんなら、さっと汗流すだけにしとけよ」  お人よしだと言うと怒られるのだとわかり、小さくはいとだけ返事をした。 「ホラーは?」 「見ます」 「アクション?」 「 も、好きですよ」  困る返事だとリモコンを弄りながら、小林先輩は渋い顔をする。  テーブルの上に並べられた売り物のようなおしゃれなおつまみと、カットの綺麗な切子のグラスに戸惑ってしまう。 「豪華……ですね」 「えー?こんなもんだろ?」  会話はしているが、視線が一度もこちらを見ないのは、気まずいからだと思う。  申し訳なくて、いたたまれなくて……

ともだちにシェアしよう!