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第74話
肩を掴まれたけれど、恐怖が勝って振り払ってしまった。
「 やっとどもらなくなってたのにな」
八の字になってしまった表情は同情なのか、扱いに困ってしまったのか……オレには判断がつかない。
ただ やっぱり、拒否されるのが怖くて、逃げ出したくて仕方がなかった。
「本当に、それは……合意なのか?」
頷くしかできないオレに、小林先輩の長い溜息が聞こえる。
「医者と弁護士に、腕のいい人を知ってる」
「 ひ 必要な 」
更に首を振るオレに返されるのはやっぱり長い溜息で……
「す、すみませ ん、帰ります ね」
付き合おうと言った相手が情事痕をつけて傍にいるのは、小林先輩にとってもいいことじゃない。厚意で家に招いてくれたのに、よりにもよってな裏切り方をしてしまったオレは、立ち去るのが一番だ。
たぶんもう、声をかけてくれることもないんだろうけれど。
「 あんな苦くて強い酒、飲めないぞ」
小林先輩の眉間の皺は、何を飲み込もうとした苦悩なのか……
「あ の 」
「一度言い出したことだから」
ぐいっと肩を押されてへたり込むと、眉間を押さえる小林先輩に見下ろされた。
「つまみでも作ってくる」
軽い引き戸を開けて、一瞬立ち止まった。
「痣があるんなら、さっと汗流すだけにしとけよ」
お人よしだと言うと怒られるのだとわかり、小さくはいとだけ返事をした。
「ホラーは?」
「見ます」
「アクション?」
「 も、好きですよ」
困る返事だとリモコンを弄りながら、小林先輩は渋い顔をする。
テーブルの上に並べられた売り物のようなおしゃれなおつまみと、カットの綺麗な切子のグラスに戸惑ってしまう。
「豪華……ですね」
「えー?こんなもんだろ?」
会話はしているが、視線が一度もこちらを見ないのは、気まずいからだと思う。
申し訳なくて、いたたまれなくて……
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