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第83話
小林先輩は親族が多いらしく、誰が誰だか覚えきれていないと言う事までしてくれた。
相手のことを知る事ができると、胸の辺りに温かいものが灯る気がする。
「三船は?」
オレのことを尋ねかけられて、部長にこんな風に尋ねられたことがあったのか、思い出そうとして失敗した。
オレは、部長が妻子持ちで、唇の右端を歪めるような笑い方をして、熱くて……
そう言った事しか知らなくて。
それが、堪らなく寂しくて……
ホテルに着いた際に、「話があります」と切り出したオレに、頷きながら同じく話しておくことがあると返された。
部屋ではなく、上階のバーででも話そうかと誘われ、落ち着かない気持ちで後ろについて行く。『gender free』は地下にあるせいか、酒を飲みながら夜景が見れると言うのは新鮮だった。
落ち着かなげに手を握ったり開いたりしたり、辺りをきょろきょろと見渡す行動はここに似つかわしくないとは思うも、止められない。
「少し落ち着け」
頭をぽんぽんと叩かれ、幼い行動だったと反省してスツールに座り直した。
「すみません 夜景、綺麗で 」
横顔を盗み見てはきゅうと苦しくなった胸に、唇を噛む。
胸が苦しくなるくらい、好きなんだ。
こちらを見ない、冷たい横顔だけれど……
けれど、好きな相手に無下に扱われる虚しさに、オレの心は耐えられそうにない。
肉体関係だけでもと望んでいたけれど、満たされるのは一瞬で……
目の前で交わされる家族の会話を聞く度に、苦しくて辛くて もう、
何度も胸の内で呟いた言葉を言うタイミングを計って、何度も繰り返し隣を窺う。
「 あ」
夜景の光を受けて、盗み見た部長の瞳がハシバミ色なのに気が付いた。
吸い込まれそうになる色に、瞬きも忘れて見入る。
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