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佐藤へのどんよりとした感情を抱えていても時は過ぎてしまうもので…
オレは毎日の生活に追われていた。
グラスを洗い、水を切る。
「それ洗い終わったら、先に上がっていいよ」
「いいの?」
恭司は店内を見回し、
「客も少ないし。卒論あるだろ?」
「現実を思い出させないでくれ」
「顔色もよくないよー?」
連日取っ組み合っている卒業論文の事を思い出して頭を抱える。
どうにもこうにも煮詰まり、徹夜に近いせいか立っていても眠ってしまいそうだ。
「じゃあ、先に帰るな」
カラン…と響いた木製のベルの音に、顔を上げて挨拶をしようとした。
「いらっしゃいませ」
恭司がそう言ってから、様子がおかしい事に気付いて怪訝な顔を向けてくる。大丈夫…と目配せし、戸惑ったように立ち尽くす客にカウンター席を勧めながら声を掛けた。
「い……いらっしゃい。お義兄さん」
「こんばんは、いきなりで驚かせたね」
慣れていない雰囲気を前面に出す佐藤に苦笑しながら、烏龍茶を出す。
「お酒よりお茶の方がいいでしょ」
「そうだね…この前はせっかく来てくれたのに、酔い潰れてしまって申し訳ない」
ペコリと頭を下げる姿に懐かしさを覚え、それを誤魔化す為に目の前のカクテル用の道具を意味もなく拭き始める。
「気にしないで下さいよ」
烏龍茶に美味そうに口をつけるのをこっそりと盗み見るように見ると、店の薄暗い照明を映り込ませた黒い瞳がこちらを見ていた。
「そうやって少し俯くと、お姉さんと似てるね」
「あんまり…そうは思わないんですけど」
オレの顔はそこまで女顔でもないし、華やかな顔立ちでもない。
「お姉さんと初めて会った時にね、綺麗な人だなぁって、一目惚れしたんだ」
「………そう…ですか…」
姉に惚れたから、オレにも惚れた?
それとも、オレに惚れたから姉に惚れたのか…
尋ねれば、答えてくれるだろうか…?
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