74 / 312

72

 滑稽さに、自嘲の薄ら笑いが零れる。  尋ねた所で、どうにもならないし、どうにも出来ない。その手の中には納まるべき人が納まり、オレに向かって広げられる事はもうない。  もう、その手の中には、戻れないのに…  戻れない…?  戻れないのなら…いっそ…  無意味に拭いていたアイスピックを握り締める。  いっそ…  物珍しげに店内を見回している佐藤に目をやる。 「……お義兄さん」  今まで、痴情の縺れで刃傷沙汰と言うニュースを馬鹿にしていたオレを許して欲しい。  神か悪魔か、よく分からない相手に祈りながら、右手に持つアイスピックに力を込める。  いっその事…  手に入らないのなら、この手で、いっそ誰のものにもならないように… 「なんだい?あ、お姉さん、圭吾君がやっと来てくれたって凄く嬉しそうにしてたよ」  なぜ、このタイミングで姉の話を出すのか…  姉の幸せそうな笑顔を思い出す。  出鼻をくじかれて苦笑していると、恭司が手の中のアイスピックを取り上げて元の場所へと戻した。

ともだちにシェアしよう!