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滑稽さに、自嘲の薄ら笑いが零れる。
尋ねた所で、どうにもならないし、どうにも出来ない。その手の中には納まるべき人が納まり、オレに向かって広げられる事はもうない。
もう、その手の中には、戻れないのに…
戻れない…?
戻れないのなら…いっそ…
無意味に拭いていたアイスピックを握り締める。
いっそ…
物珍しげに店内を見回している佐藤に目をやる。
「……お義兄さん」
今まで、痴情の縺れで刃傷沙汰と言うニュースを馬鹿にしていたオレを許して欲しい。
神か悪魔か、よく分からない相手に祈りながら、右手に持つアイスピックに力を込める。
いっその事…
手に入らないのなら、この手で、いっそ誰のものにもならないように…
「なんだい?あ、お姉さん、圭吾君がやっと来てくれたって凄く嬉しそうにしてたよ」
なぜ、このタイミングで姉の話を出すのか…
姉の幸せそうな笑顔を思い出す。
出鼻をくじかれて苦笑していると、恭司が手の中のアイスピックを取り上げて元の場所へと戻した。
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