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「今日はもういいよ、先に帰って」 「じゃあグラス片付けてから」 「いいから」  きつく言われ、しぶしぶ従う。 「お義兄さん、オレ今日はもう上がるから」 「じゃあ、一緒に出よう」  そう言って立ち上がる佐藤の前に、恭司がどん…と音を立てて何かを置いた。 「ケイのお義兄さんだそうですね、こちら奢りです。どうぞ飲み干してからお帰り下さい」  そのどこか険のある恭司の言葉に、タンブラーに並々と注がれたマティーニを、目を白黒させて見ている佐藤と、いつもは垂れ気味の目を吊り上げている恭司に苦笑いを漏らす。 「…………ったく…」  少し傾ければ零れてしまいそうなタンブラーを掴み、一気に呷る。喉を滑り降りていくジンの熱さに目を瞑り、全て飲み干してタンブラーをカウンターへと叩きつけた。 「ちょ…ケイ!?」  慌ててオレを抱き留める恭司にもたれかかる。  タンブラーで飲むと、普通のマティーニの三倍の量になるのか、ならないのか、そんな事を考えている最中に目が回り始めた。 「圭吾君!?」  ぐらりと傾いだ視界の中で、こちらを心配そうに覗き込む佐藤に言い放つ。 「そんな名前なんか聞きたくないっ!!」  叫んだせいか、目の回りに拍車がかかる。 「ケイ!?ケ……」  閉じかけた瞼の間から涙が零れたのが、オレが覚えている最後の記憶だった。

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