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はっと目を開き、手を伸ばす。
掻き抱いた体が消えた虚しさに、空に伸ばした手を震わせた。
「っ…ケイト……どう…し…」
どうして、傍に居ない。
薄暗い部屋の中、夢か現か分からないままに彼の名前を繰り返し呟いた。
久し振りに訪れた実家の雰囲気を、どこか寒々しく感じながらインターホンを押して中へと入った。
「あらあら、どうしたの?」
台所に立っていたらしい母が顔を覗かせる。
「ちょっと寄ってみた。父さんは?」
「お風呂よ、父さんに用なの?」
丁度いい…と思った。
きょとんとこちらを向く母に尋ねかける。
「母さん…」
「なぁに?」
続けようとしたが言葉が出てこなかった。
普通の家庭の主婦として過ごしてきた彼女に、男が好きだと告白したのか尋ねるのは躊躇われた。
「…オレが………事故を起こした山って、何処かな?」
にこやかだった笑顔が、はっと凍りつく。持っていた菜箸を胸の前で握り締め、母は明らかにおろおろと戸惑いを見せる。
「ふ……富士山?」
山登りに全く興味のない母は、思い付く山がなかったのだろう。
「そか、富士か…」
そう納得して見せると、ほっと安心した表情を浮かべた。
その顔が悲しくて、胸が詰まる。
メモに書かれていた『ケイト 共に 衝突事故』の文字を思い出す。
「ご飯、食べていっていいかな?」
「小夜子さんの手料理はどうするのよ?」
「今日は同窓会だって」
そう…と納得した母は、嬉しそうに台所へと戻って行った。
両親は、オレが男と事故に遭った事を隠したかったんだ…
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