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「…俺は姉さんが……一番だってのに………」
涙を拭って舐めると、塩辛い筈の涙が甘く思えた。
不思議だった。
彼の全ては、いつも甘く感じる。
「…………恭司だって、大切なのに……でも、…………っ……でも…アキヨシの、こと…っ…俺……」
小さく小さく、耳の傍で言葉が紡がれる。
「─────…」
その言葉は、オレにだけ届けばいい。
柔らかな髪に指を絡ませて、泣き腫らした目を覗き込む。
「泣かして、………ごめん」
しっかりと血が滲む程噛み締められた唇に口付けると、金属臭い味が口内に広がった。
それがいやで、繰り返し繰り返し角度を変えては深くむさぼる。
繰り返し
繰り返し
唇の傷に舌が触れると、痛みの為かビクリと体が強張るのが伝わり、より一層そっと触れるように心掛けた。
血の味のしなくなった唇から名残惜しげに離れると、最後にその目の縁に溜まった涙を拭う。
猫の様なぱっちりとした目の睫毛に涙がついて、いつもよりもきつさが和らいで見える。
愛しいと、思う。
何よりも。
そう思うと、胸のどこかにコトリと諦めの感情が落ちてきた。
彼が愛しい…
今のオレに出来るのは……
「……分かった…」
「…うん」
見詰め合った後、どちらからともなく歩き出す。
前を行くケイトは、廊下に出る前に椅子に掛けられていた小夜子のショールを手に取り、オレがつけた痕の上に器用に巻く。
目でこちらの同意を求めてきたので、「大丈夫」と返すと、ほっとした表情を浮かべてのろのろとした動きで靴を履いた。
「…お邪魔……しました………」
玄関に立ち尽くすオレに向かってそう言ったケイトに、頷いて見せる。
キィ…
扉を押し開けた彼が、軽くこちらを振り返った。
手を伸ばして捕まえれば……
「また…、遊びにおいで。圭吾君」
小さな微笑が返る。
少し皮肉めいたような微笑。
「ありがとう。……お義兄さん」
パタン…と閉じられた扉に、駆け寄る事も出来ずに立ち尽くす。
『―――――』
彼の言葉を頭の中で繰り返す。
この言葉があれば、生きていける…
「…オレも……―――――…」
繰り返し呟けば、いつか叶うかもしれないと信じて…
END.
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