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「明日、髪切りに行こうと思って」
「以前教えたとこですか?」
グラスを拭く圭吾とアルバイトの会話が耳に入る。
「うん、そう。大分ボサボサになってきたからさ」
「そうですね」
「襟足とか鬱陶しくなってきてて…」
そう言って髪をかき上げる圭吾を見ていたアルバイトの目がはっと見開かれ、動揺を含んだ表情になって恭司を見た。
その視線を受けて人差し指を唇に押し当てるジェスチャーをしてみせる。
ちらり…と圭吾を見たアルバイトは、頬を赤くしながら小さく頷いて次のグラスに手を伸ばした。
次の日、真っ赤な顔の圭吾が足音も荒く帰宅して恭司を叩き起こす。
「おま…っお前何考えてんだよっ!」
目の周りの赤味の強さはかなりの羞恥を表しており、震える肩は怒りをこれ以上ない程恭司に伝えていた。
「いつからこんな…」
首を押さえた圭吾に詰め寄られた恭司は、薄く笑って「かなり前からだよ」と飄々と返した。
鏡の前の椅子に座った時、その段階でおかしい…とは感じていた。
髪を短くと伝えた瞬間の、相手の明らかな動揺がそれに拍車を掛けてはいたが、圭吾がその事に気づいたのはカットとカラーリングを終えて背後に鏡を広げられた時だった。
ぽつりぽつりと、まるで散り際の桜吹雪の様な模様が、うなじから服に隠れた辺りまで続いている。
目を見開いてぽかん…とする圭吾に「この様な感じでしょうか?」と問いかける店員の声は届かなかった。
取り合えず料金を払い、髪を切った事で丸見えになってしまっている幾つものキスマークを手で覆いながら店を飛び出した。
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