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オマケ 恋人

 ずっと憧れていて、大好きだった人に甘く溶かされていた。  初めて使われるそこは、限界以上に広げられ、ひどく熱いその人のモノがそこから身体を甘く灼く。  「好きや」  甘い声が耳から染み入り身体を浸す。  大きな胸に愛しげに抱きしめられて、優しく腰を使われた。  熱い杭がそこを柔らかく貫く。  ああっ  あっ  声が零れてしまう。    「気持ちええか?」  優しい声が嬉しそうに言う。  気持ちいい・・・  答えると、微笑みながらキスされた。  甘いキス。    蜂蜜みたいにとけてしまうような。  でも、なぜこの人は目を閉じているのか。  何故目を開けないのか。  そして、ベッドの足元から自分を見ているあの美しい男は何なのか。  そして、この人が自分を貫く前に、あの男が自分にしたことが何なのか、青年にはわからなかった。  わかりたくなかった。  何故自分がそれを了承したのかも。    「可愛い。ホンマ可愛い」  大学では聞かない関西訛りは、ひどく優しくて、耳元で嬉しそうに囁かれて、また胸が甘く痛んだ。  欲しがるようにかき回された。  そこばかり擦られて、背中に爪を立ててしまう。  いや・・・だめっ  立てられた爪にさえあの人はクスリと笑う。  「ええって言ってみ・・・さからわんと、そしたら怖ない」  優しく声は囁かれるけど、最低限、肌には触れようとしない。    「言うてみ?ええって・・・気持ちええって」  男は優しく耳元で言う。  キスして欲しかったけど、もうしてくれなかった。  「早よ、言い?」  言わないといけないかのように、また執拗に、でも優しくそこを突かれた。 ら  い・・・いいっ  一度言ったら止まらなくなった。  身体を今支配してるこれ、脳まで溶かしているこれ、「これ」が何なのかがわかったから。  快感だ。  認めてしまえば、確かに怖くなくて・・・溺れていく。  気持ち・・・い  気持ち・・・いい    言ってしまえば溢れ出していく。  自分から腰を揺らし始めた。    「気持ちええ、やろ、ええっていうてみ?」  どこか怖い声で男は言う。  それに怯えた。  思わず声を殺す。  男は舌打ちした。   ガツン  ガツン  暴力的に突き上げられた。  激しくなった腰に悲鳴を上げた。  「ええって言え!!」  低い声で凄まれる。  泣きながら言う  ええっ  気持ちえ・・え      途端に腰使いが優しくなる。    「そうか。そうか、可愛いなぁ」  男は相好を崩して笑った。  こんな風にこの男が笑うなんておもわなかった。  思わずみとれた。  ええ  きも・・ちえ・え  そう言いさえしたら、快楽が与えられた。    ええっ  ええっ  ひたすら叫ぶ。    「好き、言うて?」  切ない声で囁かれて、愛しさに焼ききれた。  す、き  すき  繰り返したら、身体の中のその人の熱と質量がまたあがる  ひぃ・・。  ええ  ええ    そう叫ぶしかなかった。     「俺も・・・や!!」   泣きそうな声でいわれた。    余裕がなくなる腰使い。  その激しさに泣く。     「好きや」  「好きや!!」  痛い程、苦しい程、声は胸に刺さり、激しい律動は身体を壊していく。  快感で。  嬉しい。  嬉しい。  青年の身体は心は恋した人を存分に、受け入れていく。  満たされ、焼かれ、殺され、再生する。  その言葉を聞くまでは。  ええ  気持ちええ  すき  そう叫ぶ青年に男は言った。  目を閉じ、愛しげにそして苦しげに。  「愛してる    」  続けられた名前は、青年のものではなかった。  はっとして見開いた目にベッドの足元に立ち、こちらを見ていた美しい男が笑うのが見えた。  醜悪に。  「   」  「   」  何度も切なく繰り返された名前は・・・青年のものではないのだ。  美しい男が笑う。  嘲笑う。  胸が冷える。  でも身体の熱は、勘違いした身体はますます快楽溶かされる。  冷えた胸に、その熱さと快感と甘さはあまりに残酷だった。    青年が上げた声は・・・もう、快楽の声だけではなかった。   「愛してるで・・・お前だけや」  誰かの身代わりにそう囁かれ、心が砕け散る。    でも、身体はさらに溶けて、拒否できない熱と激しい律動に自我さえなくなっていく。  気持ちええ  そう口にした自分が一番ゆるせなかった    すすり泣く。  心が擦り切れていた。  最初から、心を望んでいたわけではなかった。  ただ、初めてするなら、憧れていたずっと好きだったあの人としたかっただけだ。  思い出にしたかっただけだ・・・なのに。  使われたのだ。  誰かの代わりとして。  あの人が欲しかったのは多分・・・まだ経験のなかった自分の穴だけなのだ。  確かに、「優しくしてやる」という約束は守られた。  傷つけるような酷いことはされてないし、全てのことは了承はとられて行われていた。  自分は承諾した。  今行われていることさえ。  ああっ  だめっ  青年は呻いた。  広いバスルームの床の上にうつ伏せで寝かされていた。  彼の尻に顔をうずめているのは、あの美しい男 だ。     そう、あの人が青年に挿入する前に青年の身体の準備をしたのもこの男だった。  舌で舐めて濡らし、指で解した。  そして、今は後始末をしている。  やはり指と舌で。  あの人は、青年を見ようともしなかったのだ。  あんなにも、激しく青年の中に放ったのに。  何度も何度も。  愛してるかのように。  そして、抜いた後、この男に自分を任せたのだ。  「綺麗にして家まで送ってやれ」と。  見ようともしないで。    男は見かけによらない力で青年を抱き上げ、風呂場に連れてきた。  そして言った。    「可哀想にね。・・・慰めてあげる」   その声に思わず、涙を流し抱きついてしまった。  髪を撫でる指は優しかったし、ちゃんとこちらを見つめる瞳に安心した。  あの人は青年を見ようともしなかったのだ。  見ようとも。  見ようとも。  見なかった。  「大丈夫、綺麗にしてあげる。・・・奇麗にしたら全部忘れてまう・・・なぁ、忘れるんや」  奇麗な男の唇を拒否しなかった。  男の目は自分を見ていたし、あの人がしてくれた優しいキスを消し去りたかった。  覚えているにはあまりにも残酷すぎたから。  「全部・・・忘れ?」  男の声は優しくて。  それに身を委ねてしまった。  あの人の舌が触れた場所を消し去るようなキスは巧みで、もうなすがままになった。    あの人が触れた肌の部分を全てキスで封じられた。  慰めるようなその舌や唇に救われるようで、受け入れた。    「たくさん・・・出されたんやな」  ジュルジュルとこぼれだす精液を男は舐める。  指でかきだし、男はまるで蜜でもあるかのようにそれを舐める。  一滴も残さないでいようとするその執着に怯えても、巧みな舌に感じてしまう。     薄い液体を泣きながらまた性器から吐き出す。     奥まで届かせようとするかのように舌を入れられ、舐められた。  「オレのや。これはオレのやのに」  音をたてて吸い出される。  零れる精液を夢中で男は舐める。  あの人の精液を欲しがっているのだ。  怖くなった。    青年の精液ももうだらんと垂れてしまった性器から零れ続けているのに、そちらには興味を示そうとしなかった。  じゅるじゅると音がして、舌が中を外を責め立てる。  ああっ  ふうっ  ああっ  声は止まらない。  その行為に思わず、あの人から教えられた言葉が零れる。  腰を揺らしながらその言葉を口走る。  ええ   きもち・・・ええ  男は舌打ちした。  「それは・・・もう止め?」  青年の口の中に指を入れられた。  ただ喘ぐしかできなくなる。  「オレの挿れたるから・・・あの人にされたことは全部わすれるんや・・・誰とやっても一緒やねんで・・・こんなもん。それを教えたる」  熱いモノが穴に当てられている。  それを挿れられたならどうなるかをもう知っていた。  「誰かの代わりにされるより、誰としても楽しい方がようない?・・・楽しかった方がええやろ?」  グリグリと押し付けられて、ほしくなってしまった身体がそれを求める。  「誰でもええからしてって言うてみ。楽になるから」  それは優しい声だった。  それは優しすぎた。  青年は男を見上げた。  「言うんや。相手なんて誰でもええ、きもちよかったらええっって」  その目には確かに痛みがあった。  「僕だけじゃないの?」  青年は察する。  これは何度も繰り返されていることなのだ。  「何人もや。お前は声が似てたんや。どこか似てたら連れてくるんや。後慣れてへんか、ハジメテやったらな」  そう男は言った。  囁くように。  「楽になり。あんなんただのセックスや。誰でもええから気持ち良くしてくれたら楽しいええもんや」  低い声は真剣だった。  青年は泣いた。  また泣いた。  そして、自分を救うために言った。  恋心を消し去り、優しく抱かれた思い出を消し去るために。  誰でもいいから、気持ちよくして  叫んだ。  熱いモノが与えられた。    「言うんや、もっとシて、気持ちいいことが好きって」  男はあの人が変えたそこの形を変えていく。  巧みなその動きに、感じた。  いやらしくて、セックスでしかないそれは気持ち良くて、気持ち良いだけで・・・だから良かった。  もっとして   気持ちいいことが好き  青年は喚いた。  自分に言い聞かせるために。  あんなモノ忘れてしまえ。  自分ではない誰かへの愛が、一番良かったセックスであってたまるものか。  「セックスが好きって言い」  奥を突く。  そのやり方はあの人とは違っていて、だからよかった。  淫らなだけの、気持ち良いだけの、楽しむためだけの。  セックスが好きぃ  青年は泣きながら叫んだ。  「いっぱい出してって言い」  青年の声も震えている。  いっぱい出して・・・  そして出された。  あの人の代わりにそこを満たそうとするかのように。  綺麗にされ、服を整えられた。  身体を抱えられ、車に乗せられた。  家まで男は送ってくれると言う。  男は美しかった。  あんないやらしく風呂で自分を犯していた人には見えなかった。  助手席でぐったりとしている青年に缶ジュースを渡してくれたのも男だ。  あの人は終わればもう言葉さえくれなかった。  「次からはせめてなんか奢ってくれる男とするんやで。部屋にいきなり連れ込む男はやめとき」  柔らかい関西訛り。    まだ傷ついた心に優しい。  そうあの人は寝るためだけに部屋に連れて行った。  それ以外は何もなかった。  その言葉に泣きそうになったら男は言う。  厳しい声で。    「オレが優しいなんて思うな。そんなんやからあんな酷いのに何言われても受け入れるはめになるんや。アイツは最低やけど、無理強いだけはせん。拒否しろ」   涙が出た。  でも、救われていた。  あれを特別なセックスだと思いかけてしまうことから救ってくれていた。  あれはただのセックス。   セックスでしかない。  「ついたで」  家の前まで車をつけてくれたし、降りるのも手を貸してくれた。  「あんたは?恋人なんだろ?」  聞いた。  この男はあの人のために、青年の身体をほぐし準備し、その後始末をした。  そしてそんなことが繰り返されているのだ。  それがマトモだなんて思えない。  何故拒否しないのだろう。  「オレか。オレはな、負けへんのや。アイツを手に入れられへんとしてもな、アイツを渡さんのや。そのためやったら何でもする」  男は笑った。  とても綺麗だと思った。  でも、この人ではないのだ。  あの人が愛しているのは。  それだけはわかった。  「負けへんためやったら・・・なんだって出来る」  男は冷たく冴えたい目をしていた。  見てはいけないような目だった。  「アイツに近づくな」  その言葉に必死になって頷いた。  恐ろしかったからだ。  この男があの人を愛していることが。  そして。  平然とこの男をあの人が側に置いていることが。  「全部忘れて・・・楽しいセックスし。オレが教えてやったんや、誰でもお前に溺れるようになる」  男は青年の唇にキスをしてくれた。  教え込まれるようにされたことを思い出し、また身体が熱くなった。  慌てて首をふる。  「あなたも代わりなのか?」  また聞いてしまった。  あの人はこの男も誰かの代わりにしているのだろうか。  「オレ?・・・代わりになんかされんよ。アイツオレを憎んでるんやもん。・・・オレは誰の代わりにもされん。アイツは憎んで憎んでオレを抱く」  それは嬉しそうにさえ聞こえた。  いや、嬉しいのだおそらく。  本当に。  花のように微笑み、男は車に乗り込みあの人の元へと帰っていった。    歪んでいた。  怖かった。  あの人の愛がもう奪われているのなら、もう憎しみしか残っていない。  だから男はあの人を憎まれることで手に入れたのだ。  あの人の誰の代わりにもならない場所を。  怖い。  そして、少し羨ましかった。  でも首を振った。  忘れる。  忘れる。  忘れるしかない。  END                   

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