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第20話

「これ、なんだと思います?」 日曜日の朝。 ベッドから飛び起きて、彼は裸のままでジャケットからゴゾゴソと取り出して二枚のチケットを見せる。 僕は昨夜の行為の気怠さで、ベッドでゴロゴロと転がっていた。 「チケット」 そう答えると 「何のチケットでしょう」 と、ベッドで転がる僕に抱き付き、彼が得意気に見せる。 「興味無い」 呟く僕に 「ほら、見て見て。水族館」 って言いながら、僕を後ろから抱き締めてチケットを見せた。 「へぇ〜。渚君と行くの?」 興味無く呟く僕に 「あのさ…恋人が此処に居るのに、なんで弟と行かなくちゃいけない訳?」 彼が拗ねたように言って僕の肩に顎を乗せる。 「一緒に行きません?」 そう言われて、本当は嬉しかった。 でも、素直じゃない僕は 「嫌だよ。第一、恋人って…。きみが脅してこういう関係になってるだけで、僕の意思は関係無いじゃないか」 そう答えてしまう。 すると彼はギュッと僕を強く抱き締めて 「ごめん…」 そう呟いたっけ…。 あの時、きみはどんな顔をしていたんだろう。 後ろから抱き締められていて、顔を見なかったのを今では後悔しているよ…。 「和哉さん、誕生日はいつですか?」 「1月1日」 「元旦ですか!おめでたいですね! あ、だから名前が和哉…!ん?1が付いてないですね」 首を傾げて悩んでいる横顔が可愛いって思って見ていたっけ。 「あれ?和哉さん、6月8日って何かあるんですか?」 カレンダーを見て聞いて来た彼に、歯を磨きながら 「ひゃんひゅうひ」 と答えると 「え?何?」 って、洗面所に顔だけひょこっと出して聞いてくる。 「誕生日」 と答えると 「誰の?」 って不思議そうに聞かれた。 「僕の」 「え!だって、この間、元旦って…」 「僕、その日が誕生日とは言ってないよ」 「ええ!酷い!スマホに誕生日って入力しちゃったじゃないですか!しかも、6月8日って明後日じゃないですか!」 「そうだね」 「そうだね…って…」 呆れた顔をした彼が 「ちなみに、この印は誰が付けたんですか? 自分で付けた訳じゃないですよね」 カレンダーに赤く丸が描いてあり、それは小関さんが「お祝いしてやるから忘れんな」って赤丸を書いたものだった。 「えっと…」 どう答えようか悩んでいると、突然赤のペンを出して花丸にすると 『和哉さん♡』 と書いた。 「ちょっ…!ちょっと、何してんだよ!」 慌ててペンを奪うと 「だって、大好きな人が生まれた日でしょう?」 そう言った後 「でも…1人暮らしの野郎の部屋に、ハートマークとか…」 って言って、爆笑し出した。 「お前!わざとだろう?絶対、わざとだよな!」 胸ぐらを掴んで怒っている僕を無視して、僕の手から赤ペンを奪い返すと 「じゃあ、此処に…」 そう言いながらカレンダーをめくり、12月25日に丸を付けた。 「何?クリスマス?」 僕が隣に並んで覗き込むと 「海君♡」 って書いていた。 「お前…自分で自分を『君』付けしてるだけでも寒いのに、自分でハート付けるか?」 呆れて呟く僕に 「これ、和哉さんが書いてくれたって脳内変換したんで良いんです。この日、誕生日プレゼントは髪の毛に赤いリボンを結んだ和哉さんが良いです」 にっこりと、いつもの爽やかな笑顔を浮かべて言われる。 「はぁ?お前、発想が乙女なんだか、オヤジなんだか…」 苦笑いする僕に 「でも…、本当は一緒に居てくれればそれだけで良いんです」 彼はそう言いながらカレンダーを見つめた。 「そう言いながら、休み前だからやりまくりましょう!とか言って、また、寝かせないんだろう」 溜息混じりに呟いた僕に 「それ、良いですね。じゃあ、そういう事で」 って、吐いてる言葉がただのエロオヤジなのに、やっぱり爽やかな笑顔を浮かべていたっけ。 「お前…その発想と笑顔のギャップ、なんとかしろ!」 お尻に蹴りを入れると 「でも…本当に一緒に居られたら嬉しいです」 そう言って、カレンダーをじっと見つめていたっけ…。 なぁ、海。 目を閉じると、思い出すのは…きみのことばかりで笑っちゃうよ。 嫌々付き合ってたつもりだったけど… 思い返すと、いつだってきみは僕を追いかけてくれていたんだね。 誕生日 僕が小関さんと会うからと約束しなかったのに、合鍵で中に入って、僕が帰るまでずっと僕の部屋で待っててくれてた。 真っ暗な部屋のドアを開けて、いきなりクラッカー鳴らされて…。 驚いた隣の人が警察呼んじゃって、警官が来て怒られたっけ…。 「夜中にクラッカーなんか、鳴らすんじゃない!」って。 2人でひたすら頭を下げて、警官が帰った後、顔を見合わせて大笑いしたよね。 高校生だから大した物買えなくて…って、コージーコーナーの小さな丸いケーキにプレート付けて持って来てくれた。 「食べさせてあげるよ」って、フォークに苺を刺して「あ〜ん」してって。 恥ずかしいから嫌だって言うのに、食べるまでしつこくて…。 根負けして食べさせてもらうと 「あ〜ん」 ってきみは待ってて、僕は無視して全部ケーキを1人で食べちゃうと、物凄く怒ってたっけ。 「俺の時は、絶対にやってくださいよ!」 って、頬をふくらませて怒ってたよね。 …ごめんね。 きみのお願い、何一つ叶えてあげられなくて。 又、きみは怒るのかな? 違うか…。 きっときみの誕生日は、新しい恋人がお祝いしてくれるんだよね。 素直に水族館に行ってくれて、誕生日にハートマーク付けて喜んでくれる。 きみの誕生日に、髪の毛に赤いリボンを付けて 「私がお誕生日プレゼント」 って、きみが希望したシュチュエーションをしてれるような可愛い女の子。 「あ〜ん」 って食べさせてもらって、言ってる事とやって欲しい事はエロオヤジなのに、きみは爽やかな笑顔で微笑むんだろうな…。 海……ごめんね。 最後まで、悲しい顔しかさせてあげられなくて。 海……こんな風にならないと気付かないなんて、本当に僕は馬鹿な奴だよね。 海……海……二度と会えないけど、僕はきみを愛しているよ。

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