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第22話

本来なら2ヶ月入院して欲しいと言われながら、僕は予定の1ヶ月で退院した。 大学に戻ると、尊敬する大槻教授からメールが入っていて、予定より早めにアメリカに来られないかという内容だった。 今のまま、向こうに行っても大丈夫なんだろうか?と考える。 今、自分の見える世界はモノクロで、全てが色褪せて見える。 季節はいつの間にか秋から冬になっていて、僕はただ毎日をぼんやりと過ごしていた。 「あれ?和哉じゃん」 校内を歩いていると、不意に声を掛けられた。 その声に全身の血の気が一気に下がる。 振り向くと、会いたくなかった人物がそこに立っている。 「な…んで?」 思わず後ずさると 「あれ?聞いてない?俺、来月からここの野口教授のお手伝いするんだ」 にっこり微笑んで僕に近付く。 僕は恐怖で身体が震え、動けなくなる。 「和哉、この後暇だよね?話があるんだ」 そう言って、僕の腕を強引に掴む。 「あ…の…、迎えが来てる…から…」 恐怖に声が震える。 「大丈夫、すぐ終わるから」 そう言うと、先輩はポケットから鍵を取り出して、今は使われていない部室のドアを開けた。 そして僕を中へ押し込めると、『ガチャリ』と鍵を掛ける。 「和哉、久しぶり。俺、追い掛けて来てくれると思って待ってたんだけどな」 にっこりと笑顔を作り、僕に近付く。 僕が近付く先輩から逃げるようにして部屋の隅へと移動すると、先輩は一気に近付いて僕を押し倒した。 「和哉、何で黙ってるの?」 微笑む笑顔は作り物みたいで返って怖かった。 「離して…下さい…」 顔を背けて言うと 「和哉、あんなに良い子だったのに…」 そう言って僕の顎を掴む。 正面から見た先輩の顔は、何処か掴み所の無い底知れぬ怖さがあった。 「お前に、キスも…男を受け入れる事も…全部教えたのは誰?」 囁くように言われて、僕は必死に抵抗した。 「離して下さい!あなたは、僕を捨てたくせに!」 そう叫ぶと 「何言ってるの?捨てる訳無いだろう?」 先輩はそう言うと 「この手に完全に堕ちるまで待ってたのに…。あのクソ教師が邪魔しやがって…」 吐き出すように言われて、呆然と先輩を見た。 「え…?」 「初めて和哉を見た時から、俺のモノにしたいって思ったよ。高校1年生の和哉は、群を抜いて可愛かったよね。だからさ、ちょっと金払ってお前を強姦するフリをしてもらったんだよ」 先輩はそう言って、楽しそうに笑い出す。 「お前、俺に助けて貰ったって、素直に好意的になってくれてさ。本当に可愛かったよ。後は本当に容易かった。お前の全てを俺の色に染めるのが楽しくて…。お前を初めて抱いた時、涙なんか流して痛いの必死に堪えてさ」 クスクスと笑いながら 「どんどん俺だけになっていくお前が、本当に可愛かったよ。」 そう言って微笑む笑顔がゾッとする程、怖かった。 「それなのにお前、俺達の話を盗み聞きなんかするからさ…。予定が狂ったよね」 暗い瞳が僕を見下ろし 「でもさ、俺は最終的にお前が俺に助けを求めると思ってたんだよ。そうしたら又、俺はお前を助けてやって、お前を抱き締めて『ごめん。本当はお前を愛してた。だから、これからは俺がお前を守ってやる』って言うつもりだった。なのに…」 そう言うと、憎悪の瞳が暗く揺れる。 「あのクソ教師、俺より先にお前を助けちまった。お陰で予定が大きく狂ったよ。お前はあのクソ教師に懐き、俺の場所をあっさりあいつに明け渡しやがった」 と呟いた先輩の言葉に愕然とした。 あれは全て…仕組まれた事だったのだと…。 僕が先輩を好きになったのは、高校1年の時に不良グループに絡まれて、強姦されそうになったのを先輩が助けてくれたのがきっかけではあった。 『きみ、大丈夫?』 って、差し出された手は全て計算だったんだ…。 「ど…して…」 呆然と呟く僕に 「どうして?そんなの、和哉を縛り付けたいからに決まってるじゃないか。お前が俺の色に染まり、俺はお前の中で唯一の存在になる。そう…それは、俺が結婚して家庭を持っても、お前は俺に身体を差し出す可愛い人形になるんだよ」 先輩は楽しそうに笑ってそう言うと、僕のシャツをたくし上げて手を差し込んで来た。 「嫌だ!…止めて!」 必死に抵抗する僕に 「何故、抵抗する?俺はお前の全てを知っている。あんなに可愛く俺の下で可愛く鳴いてたのに…」 そう言って、強引に顎を掴んで唇を塞ぐ。 「んん!」 僕は必死に抵抗して、先輩の唇に噛み付いた。 「痛ぅっ!」 離れた先輩の唇にうっすら血が滲んでいる。 「いけない子だね…、和哉。俺はそんな風に教えた覚えは無いよ」 怒りを宿した瞳が僕を見下ろす。 「手荒な事はしたく無かったんだけどな…」 先輩はそう呟くと、先輩との間でガードしていた鞄を取り上げて投げ捨て、僕の身体を思い切り蹴った。 激痛と衝撃に、一瞬、呼吸が止まる。 「大人しくしていたら、優しく抱いて上げたのに…。馬鹿な奴」 ゾッとする程、怖い顔で僕を見下ろす。 身体を丸めている僕の腕を掴み、ジャケットを強引に脱がす。 「嫌だ!止めて!先輩、止めて下さい!」 叫ぶと平手が頬を打つ。 「和哉、どうするのかを教えたよね?」 叩かれて蹴られて…、抵抗するのを諦めてぐったりすると、髪の毛を掴まれて囁かれる。 (どうして…こんな人と海が似ていると思ったんだろう?) ぼんやりと考えていると、抵抗しないので満足したらくしく、僕を抱き締めた。 「和哉がいけないんだよ。素直に抱かれていたら、こんなに痛い目に遭わなくて済んだのに…。可哀想に…。こんなに頬が腫れて…。」 そう言うと、僕の頬に触れて満足そうに微笑んだ。 (あぁ…、そうだ。この笑顔だ) ぼんやり見つめていた。 先輩の笑顔は、まるで駄々っ子が欲しいおもちゃを手にした時の笑顔と同じだと思った。 何でこの笑顔と、海の猫被りの笑顔が似てると思ったんだろう。 僕は子供で…馬鹿だったんだな。 そう思っていると、先輩が僕のシャツを脱がせて首筋に舌を這わせる。 「和哉、やり直そう。もう一度、俺の和哉にしてあげる」 そう言いながら触れられる感触には嫌悪感しか無くて、僕はぼんやりと天井を見つめていた。 満足して解放されるまで待とうと思って、僕は諦めて目を伏せた……。

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