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第54話

「痛えな!ガキって、そんなに変わらないだろうが!」 俺が事あるごとに言われる「ガキ」にムッとして反論すると 「はぁ?23歳と17歳はかなり違います!」 って言いながら、和哉さんがあかんべしている。 (…たく、ガキはどっちだよ) そう思いながら、俺は和哉さんを自宅まで送り届けた。 「じゃあ、俺は此処で…」 俺が和哉さんを送り届けて帰ろうとすると 「え?帰るの?」 って、和哉さんが寂しそうな顔で俺を見上げた。 ヤバい。今の俺、さっきの怒りのせいと、久しぶりの和哉さんに理性保てる自信無いわ。 深呼吸してから 「俺、今は飢えた狼なの。だから、そのまま振り返らずに玄関入ったら鍵を掛けて下さい」 そう言って、和哉さんの背中を押す。 今、またあの可愛い顔されたら間違いなく押し倒してしまう。そう考えて帰ろうとすると 「フフフ」って笑い声が聞こえて振り返る。 「親切な狼さん、ありがとう」 その笑顔は、今まで見たことの無い笑顔だった。 無邪気な笑顔でも、ふざけた笑顔でも無い。 愛しい人を見る愛情の込められた笑顔に感じた。 その瞬間、俺の理性の糸は音を立てて切れた。 和哉さんの部屋のドアを掴み、強引に中へと入り込む。 「振り替えるなって言ったのに…」 やっと吐き出した言葉に、和哉さんが怯えた目で俺を見上げた。 (あぁ…、又、やってしまった) 心の中で後悔が渦巻く。 やっと愛情を込めた笑顔をくれたのに、又、こんな怯えた目をさせてしまった。 俺は壊れ物に触れるように、そっと和哉さんを抱きしめて 「ごめん。なにもしないから…、怯えないで…」 そう、必死に声を絞り出した。 和哉さんは俺の言葉に驚いたようで、目を見開いて俺を見上げる。 論文が相当大変だったのか、少しやつれた頬に触れる。怯えるように俺の行動を見ている瞳が辛くて、俺は頬に触れていた手をゆっくりと下ろす。 「海?どうした?」 俺の行動が不思議だったのか、戸惑う視線で訊いて来た和哉さんに 「ごめん、疲れてるよね。もう、休んで…」 そう言って身体をゆっくりと離した。 俺も…あの人達を悪く言えないんだ。 俺だって、和哉さんを傷付ける言葉を吐いて、売り言葉に買い言葉を利用して強引に関係を持った。その上、無理矢理恋人にまでさせて…。 一番最低なのは…俺の方だ。 「帰ります。驚かせてすみません」 そう言って、俺は和哉さんに背を向けた。 あの噂の出所を調べて、大学での和哉さんの誤解を解いてから、もう一度、最初からやり直したいって和哉さんに話そう。 それまで、俺は和哉さんに会うのは控えよう。 そう心に決めて、和哉さんの部屋を後にした。 まさか、それがあんな誤解に発展してしまうとは、思いもせずに…。

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