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第11話 貴臣の気持ち③*

 兄さんは随分と長い時間をかけていた。  より息が荒く早くなってきたので、限界が近いことを知る。  一際大きく息を吸い込んだあと、ひくん、と肩が上下したのがこの目で確認できたところで、自分もずっと耐えていた欲望を手の中に放った。  兄さんはぐったりとして動かなくなり、はー、はー、と全力疾走した後みたいな息づかいをしていた。それを見届けてから、音を出さないように慎重にドアを閉め、自室に戻って後処理をした。  すごく満たされた気分で、なんとも心地よかった。  今、兄さんと同じタイミングで達したんだ。たったそれだけのことなのに、すごく嬉しかったのだ。    あれから何回か、兄さんのオナニーをこっそり覗くことに成功した。  やっぱり兄さんは鈍感で、見られていることに全く気付いていないようだった。  昨日、自分の目の前で披露してくれた姿は本当に可愛かった。  名前を呼んでくれて、ついキスをしたくなってしまった。  また近々、復習だといって披露してもらおう。だがその前に、次のレッスンだ。    ピアノの鍵盤に両手を置き、ラヴェルの水の(たわむ)れを冒頭から弾いてみる。  タイトルの通り、水が自由自在に表情を変えていくような曲調だ。水がたゆたうような表現から始まるので、指を繊細に動かす。  途中から跳躍が激しくなり、徐々に力強い弾き方になると、水同士がぶつかり合って飛び散っているようなイメージが自然と沸いてきて、どんどんと下から迫り上がってくるようにテンポも早くなってくる。  液体が渦巻いて、我慢が出来ない。もう溢れる。もうすぐ溢れる。それは人間でいうところの──……  グリッサンドをしたところで、弾くのをやめて膝の上に手を置いた。  弾くのは久々だったので指が訛っていたし全くうまくはなかったけど、お蔭でいいイメージが沸いた気がして思わず顔がほころんだ。  リビングの壁時計に目をやる。そろそろ兄さんも部活を終えて帰ってくる時間だ。  今日のレッスンはあれで決まりだな。  きっと兄さんは、眉尻を下げて困った顔を見せるだろう。可愛い表情がまた見られるのかと思うと、ニヤニヤが止まらない。  早速準備に取り掛かることにした。

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