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第50話 好きになっちゃいけない人

 秋くんたちは割とガッツリ舌を絡ませ合っていた。  どうして秋くんが、こんなところで濃厚なキスを?!  固まって動けずにいたら、目を開けた秋くんが後ろを振り返った。 「あっ、怜くん」  秋くんは赤い顔をして、男の胸を押して距離を取った。  狼狽する秋くんに対し、男は焦る素振りは見せずにゆっくりと俺を見て、ニコッと微笑んだ。 「秋臣の友達かな?」 「えっ?」  穏やかに尋ねられて、俺は男と秋くんを交互に見る。  優しそうに目が垂れているけど、誰なんだろうこの人。  秋くんとの間柄を正直に話そうかとも思ったが、とりあえず「はい」と頷いた。  男はまた笑い、秋くんの頭を撫でた。 「秋臣。ちゃんとこうして友達がいるんだな。安心したよ」 「うん……」 「じゃあ、そろそろ帰るよ。またね」 「うん、気を付けて」  男は俺の横を通り過ぎる瞬間、髪をかきあげて頭を下げ、去っていった。  俺はしばし茫然とする。  今、あの男の左手の薬指に光るものがはっきりと見えた。  もしかしてあの人、既婚者?  何がなんだか分からない。  秋くんは、赤い顔を隠すように俯いている。 「まさか怜くんに見られるとは思ってなかった」 「えっと、今のかたは……?」  指輪が見えたことは口に出さずに、秋くんの言葉を待った。  秋くんは言うのを渋っていたが、きっと言い逃れできないと思ったのだろう。いつもの子供っぽい笑いをした。 「美術部の顧問の先生だよ。中学の」 「へっ?」 「一緒について来てもらったんだ。付き合ってんの、俺たち」 「はいっ?!」  友達と来たって言うのは嘘で、本当はあの人と?  その前に、秋くんはまだ中2だよな?  ていうか、そもそもあの人って…… 「あの秋くん。相手って結婚してない?」 「うん、してるけど」  へらっと笑う秋くんを見て、両手で頭を抱える。  まさか……!   秋くんも、自分の母親と同じような道を辿っているだなんて。  俺は首を何度も横に振る。 「ダメだよ! それってダメな恋愛じゃん!」 「分かってるよそんなの。分かってる上で恋愛してんの」 「わ、分かってないよ。だって相手、結婚してるんだよ? 秋くんはあの人の1番じゃなくて2番なんだよ?」 「だから、分かってるって言ってんじゃん」  秋くんはムスッとしながら俺の前に立った。  本気で怒ってはいないけど、その瞳の奥底には計り知れない闇があるような気がした。 「先生は、俺の道標で光なんだよ。クラスに馴染めなくて友達がなかなか出来ない俺を、担任の教師よりも先に気付いて、寄り添ってくれたんだ。先生は俺のこと、ちゃんと分かってくれてる。だからいいんだ、俺が先生の2番目でも10番目でも」  いや、お決まりの嘘だ。俺を揶揄っているんだろ。 「嘘吐いてるんでしょ? いつもみたいに」 「嘘じゃないよ。本当の俺は、クラスの中では存在感薄くてどうでもいい人なんだ。でも先生に出会って変わった。先生だけは俺をちゃんと見てくれてる。好きになっちゃいけないだなんて、そんなの知ってるよ。それでもいいって思える相手なんだよ」  好きになっちゃ、いけない。  俺も同じことをしているから、秋くんの気持ちは痛いほど分かる。  俺が何か言える立場にないと自覚したら、何も言えなくなってしまった。 「怜くんはきっと、今まで健全な恋愛をしてきたんだろうね。すでにパートナーがいる人は対象外にしてきたんでしょ? もう何もかも投げ出してでも、この人と一緒がいいって思ったことなんかないでしょ?」  決めつけるように言われてちょっとムッとした。  俺だって、投げ出せるもんなら投げ出してみたい。けどダメな場合もあるんだ。  本当のことを言ったら、貴臣と一緒にいられなくなってしまう。    秋くんの視線に耐えきれなくなって、目を逸らす。秋くんは困ったように笑っていた。 「また遊ぼうねー、怜くん」

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