68 / 124

第68話 怜、必死

「ところでさ。どうしてその先輩とは付き合える確率がないの?」  お好み焼きをひっくり返す時にそう言われ、動揺した俺は手元を誤った。  鉄板の上で、楕円どころか四角形くらいになってしまったお好み焼きを、ヘラでどうにか形を整えて丸にしていく。 「どうしてって?」 「その先輩に本命の彼女がいるから? 結婚してないんだから、絶対無理だなんてことはないよ」  自分の相手が既婚者だからか、秋くんは自嘲気味に言う。  ややこしくなるから先輩の話はもうしないでほしいけど、気になるのかしつこく食いついてくる。  うーん、と曖昧に返事をすると、秋くんは訝しんで身を乗り出した。 「結婚してるの?」 「してないよっ。まだ高校生だし」 「そっか。だったらいいじゃん。諦めるのはまだ早くない?」 「いや、もういいんだ。本当に無理だから」  何を言っても墓穴を掘りそうなので、ここは適当に受け流していくことに決めた。  中までしっかりと火が通っていることを確認して、お好み焼きを切り分けていく。 「あ、実は生き別れただって分かったとかー?」  ぎぎぎ。  ヘラが鉄板を深く擦る音が響く。  答えが遠すぎなくて慌ててしまう。  秋くんはもう一度訝しむ。 「そうなの?」 「そんなはずないじゃん! 今のはちょっとミスっちゃっただけっ」  乱暴に切り分けて、秋くんの皿にポイと入れた。  ソースとマヨネーズ、鰹節もたっぷり塗せば、食欲をそそるいい香りが鼻腔をくすぐった。  火傷しないように、ふーふーと息を吹きかけながら食す。  丸くはならなかったけど、なかなか美味しい。  適当にはぐらかす俺に辟易しながら、秋くんはあっという間に一枚目をぺろりと平らげた。  店のドアが開くたびに気になって、視線をそっちへ移してしまう。  さっきから頻繁に人が出入りしているけど、先輩の姿は見えない。やはりもう帰ったのだろう。 「チーズのやつ、すごく美味しい。先生にも教えてあげよう」  独り言みたいに言って、チーズ餅もんじゃを頬張る秋くんを見て、つい口出ししたくなってしまった。 「先生とは、その……デートみたいなことってするの?」 「デートっていうか、ドライブかな。何回か店で夕飯を食べたことがあるけど、車の中で話すことが多いよ」  それはきっと、二人でいる所を見られたくないからだろう。  そういった秘め事をどんどん積み重ねていくうちに、余計に二人の気持ちをヒートアップさせてしまうだろうか。そのまま、ホテルにでも行っちゃうの……?  答えを聞くのは怖かったので、あえて伏せておいた。 「秋くんはさ、自分の気持ちの寂しさを埋めてほしくて、先生と一緒にいるの?」  空になった秋くんの皿に、さりげなくお好み焼きをのせながら笑顔で訊ねてみる。  秋くんは唇をムッと尖らせた。 「どういう意味?」 「それだったら、先生じゃなくてもいいんじゃないかなって。寂しくなったら先生じゃなくて、俺のところに来てもらって全然構わないんだよ。俺の家、そんなに遠くないじゃん。それに……貴臣、もいるし」  貴臣と秋くんを仲直りさせたい意図もあって、そういう言い方をした。  いつもみたいにうんざりされるとは思うけど、言い続けていればきっと分かってくれるはずだ。  ちらっと視線を上げると、案の定不貞腐れている秋くんがそこにいた。 「どうしても先生と別れてほしいんだね」 「う、うん、正直、やっぱり許されない恋愛だと思うし……」 「誰に許されないの? 奥さん? 世間? 学校のみんな? そんなの分かってるよ。分かった上で恋愛してるって、前にも言ったじゃん。俺がいいって言ってるのに、どうしていちいち言ってくるの?」 「ちょっと秋くん、声が大きいよ」  隣の席との間には衝立があって顔を見られることはないが、話の内容を聞かれたんじゃないかと焦ってしまう。  貴臣の名前を出したのも気に入らなかったのだろう。  秋くんは鉄板にこびりついているチーズを、ヘラでガリガリと擦った。 「今日は特にうるさい、怜くん。もうそんな話しないで」 「うん、分かった、ごめんね」  秋くんの声がはっきりと尖った。  これ以上言うと『帰る』とか言われそうだから、大人しく従順しよう。  そんな時だった。俺のスマホに着信が来たのは。

ともだちにシェアしよう!