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第67話 秋臣の悪ふざけ
店のドアを横に引くと、店内は繁盛していて満席だった。
隅から隅までぐるっと見渡してみたけれど、先輩らしき人はいなかったのでホッとした。
「少々お待ちくださいねー、順番でお呼びしてますから」
気の良さそうなおばあちゃんが俺たちに言って、店の奥へと入っていった。
駅からは少し離れていて立地も決していいとは言えない場所だけど、やっぱり半額というのは大きいのだろう。
秋くんも、ここがこんなに混んでいるのを見たことがないと驚いていた。
待っている人は、俺たちを含めると3組だ。
前の人は大学生くらいの女子2人組で、秋くんのことをちらちら見ながらコソコソ話をしている。
喧騒やBGMにかき消されて何を話しているのかは分からないが、唇が『かっこいい』と動いた気がした。
丸椅子に腰かけると、隣の女子の生足に膝がくっつきそうだったので、秋くんの方に体を向ける。
「先輩、来てないの?」
「うん、まだみたい。それかもう食べ終わって帰ったかもね」
「えー、それじゃつまんない。先輩に連絡してみてよぉ」
やだよ、と視線をずらして、先に渡されたメニュー表を眺める。
定番のお好み焼きもいいけど、明太子もちチーズもんじゃとか、海鮮類がたっぷり入ったやつも好きなんだけど……と真剣に悩んでいたら「あのぅ」と声をかけられた。
「よかったら、私たちと一緒に食べない?」
隣に座っていた女子二人が、頬を赤らめてこっちを見ていた。
いや、こっちというより、俺のことはガン無視だ。
2人の視線は俺の横、秋くんだけに向けられている。
「混んでるからさぁ、一緒のテーブルで食べたら丁度良くない?」
もう1人の女子も首を伸ばして、ここぞとばかりに付け足した。
というか秋くん、中2なんですけど……と教えたい気持ちをぐっと堪える。
秋くんは目をしばたたいた後、ごく真面目な顔をして女子たちに言い放った。
「どうして?」
「えっ」
はっきりと問われ、女子たちはちょっと気まずそうに体を引く。
「どうしてよく知らない人と、一緒のテーブルで食べなくちゃならないの?」
「あ……そうだよね、嫌だったかな」
女子たちはすぐに目を逸らして苦笑う。
おお、ナンパってこんな風に断ればいいのか。
今後もしされた時の為に心に留めておこう。たぶん必要ないけど。
女子たちはもう何も言ってこなくなったのでホッとしていると、秋くんはなぜか俺の腕を引いた。
体が傾いて、秋くんの胸に俺の顔が埋まる。
「あとさ、2人きりで食べたいんだよねー。俺たち恋人同士だから」
そして秋くんの唇が、俺の額に押しつけられた。
俺は目を見開き、はっ⁈ と声にならない声を上げる。
急なことに一瞬で顔が火照ってしまった。
それが余計にいけなかったようで、女子たちは目を丸くしたまま「えぇ、はい、すいません」と言って静かに視線を前へ戻した。
その後も女子たちは一度も俺たちを見ることはなく、おばあちゃんに席を案内されて行ってしまった。
……俺は秋くんをジト目で見つめる。
「秋くん、変なこと言わないでよ」
「見た? あの人たちの顔。きっと俺たちのことで話題持ちきりだよ」
ケラケラと笑う秋くんを見て、少しでも胸がバクバクと言ってしまったことに戸惑った。
秋くんの手や骨のかたち。柔らかい唇が額に押し付けられた瞬間。
まるで、貴臣にされたような感覚だった。
この間も、秋くんの方から先生に向かってキスを仕掛けていたし、結構積極的なんだな。
貴臣も同じような猪突猛進タイプだろうけど。
「先輩が来てたら、もっと良かったのに」
「え?」
「俺たちがいちゃついてるところを見て、どんな反応するのか知りたくない?」
確かに、さっきのシーンを先輩が見ていたとしたらどうなっていたのだろう。
先輩は嫉妬してくれるんだろうか。
真剣に悩んでしまったが、俺は秋くんに向き直った。
「もしかして、先輩の前でこういう事しようと目論んでたのっ?」
「怜くんがいつも説教してくるから、そのお返し」
「だから説教じゃないし! これ以上変な意地悪してきたら、秋くんと友達やめるからね!」
「分かったよ~、ほら、どれにしようか」
あれほど大人しくしていると言い張っていたのに、やはり秋くんは破天荒で生意気だ。
ふぅ、と一息吐いて、店内を見渡す。
やっぱり先輩は来ていないのでホッとして、もう一度考え込んだ。
もし、先輩に嫉妬されたとしたら、俺は心底嬉しいんだろうか。
答えが出る前におばあちゃんに声をかけられたので、メニュー表を閉じて立ち上がった。
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