一気に冷や汗が止まらなくなった。 　何を言っても薮蛇(やぶへび)になりそうだ。 　何かいい感じで、切り抜けなくてはならない。 　秋くんは俺よりも先に視線を逸らして笑った。 「ふふ、やっぱり怜くんってすぐ騙されるよね。電話来た時、そんなに表情変わってなかったよ。顔も紅くなんかしてないし」 「なっ、なんで……」 　今はっきりと、顔に熱がいったのを感じた。 　まずい。俺は今、試されている。 　どんどん秋くんのペースに嵌ってしまう。 「さっきの怜くん、奥さんから電話が来た時の先生に似てたから。本人は表情1つも変えてないつもりなんだろうけど、なんとなく分かるんだよ。うまく説明はできないけど、微妙に空気が変わるっていうか、オーラの色が明るくなるっていうか。嬉しいっていう本能を隠しきれてないのがそっくりだった」 　もう1度、俺のスマホが振動を始めた。 　貴臣は今、どこらへんまで来ているのだろう。 　下手すればあと数十秒で、ここに着いてしまうかもしれない。 　このままでは秋くんにバラされてしまう。 　そうしたらもう俺は、貴臣と一緒にいられなくなる。 「電話、ずっと鳴ってるね」 「あ、うん……貴臣も、今ここに向かってるみたいで」 「へぇ、そうなんだ」 　観念した俺は、床に視線を落としながら言った。 「あのー、秋くん……お願いだから、貴臣には言わないでほしい……」 「あ、認めるんだね？　お兄が好きなこと」 「うん、そうだよ、俺は貴臣が好き……だけど本当に、他の人を好きになる努力はしてるんだ。だからこの事は、俺と秋くんだけの秘密にしておこう？」 「やだ」 　笑いながらべーっと舌を出されて、俺の頬がひくひくと痙攣する。 　こういう、ピンチを楽しんでしまう所が兄貴そっくりでムカつくっ!! 　スマホは相変わらず鳴り止まない。 　焦った俺はつい、喧嘩腰に言ってしまう。 「じゃあ俺もっ、秋くんの中学に乗り込んで周りに言っちゃうよ?!　先生との関係をっ！」 「いいよー、言っても。そしたらどうなるのか見てみたいなぁ、あはは」 　もぉー、と頭を抱える。 　俺の人生はここで終わるのか。 　いや、まだまだ先の長い人生を、こんな所で終わらせる訳には行かない。 　ここからなんとか逃げ出して、貴臣に言われてしまうのを防がなくては。 　やっぱり電話に出て、ここに来るのをどうにか待ってもらおう。 　その場しのぎかもしれないけど、何もしないよりはマシだ。 　スマホをタップしようとしたら、秋くんに取り上げられてしまった。秋くんは何食わぬ顔をして俺の代わりに電話に出る。 「もしもし、お兄？　早く来なよ。じゃないと、怜くんが大変なことになっちゃうよー？」 　最後にしっかりと笑い声を付けて電話を切り、俺に手渡した。 　俺は驚きのあまりに目を見開いたまま、ふつふつと怒りを込み上げる。 「何言ってんのー?!」 「お兄の気持ちを確かめてあげてるんじゃん。これで血相変えてすっ飛んできてくれたら嬉しくない？」 　顔をずいっと寄せて来られたので、まさかと思った。 　さっきの女子をからかったみたいに、俺にキスでもしようとしてる……?! 　秋くんの両肩を押してガードした。 「そんなっ、人の気持ちを試すようなことはしちゃダメだよっ」 「だってムカつくんだもん、怜くん。俺には散々、それはダメな恋愛だとか別れた方がいいとか言っといて、自分だって義理の弟が好きだなんて。もしお兄と両思いになったとしたら、どうするつもりなの？」 「……は？」 「付き合うんでしょ？　どうせ。俺には散々ダメダメ言っておいて、いざそうなったら自分のことは棚に上げて幸せになっちゃうんでしょ？　どうなの？」 　矢継ぎ早に責められつつ、どんどん壁の方に追いつめられる。 　どうしよう、こんな所を貴臣にもし見られたら。 　気持ちをバラされたら。……幻滅されたら。 「しないよっ……だって、あいつと両想いになることなんか、絶対にないし」 「そういうことを言ってるんじゃなくて、もし両想いだって分かった時の場合だよ。もしそうだとしたら怜くん、どうするの？」 　そんな高望みをしたのは、1度や2度じゃないけど。 　貴臣とはずっと、一緒にいられたらいい。ただ家族として、義兄として隣にいられたら。 　今は受け入れられないけど、貴臣は近々あの友人と付き合うことになる。 　それを見守ってやるんだ。本当は好きだなんて言わずに、そっと。 　 　じわじわと眦に涙が滲んだ。 　俺はいつも、貴臣のことを思うと涙腺が弱くなる。 「付き合わないよ……俺はもう、決めたんだ、他の人をちゃんと好きになるって」 　秋くんは俺の顔をじっと見つめた。