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第73話 シャツ破壊
──痛い。
俺は今、物凄い力で腕を引っ張られながら歩いている。
貴臣は無言のまま、俺を連れて店を出た。
秋くんや先輩、その弟……もとい貴臣の恋人になる予定の男たちもろもろを置いて。
何が起こっているんだろう。
それに貴臣はなぜこんなにも、怒っているのだろう。
事情を説明してほしいけど、声が掛けられない。
だって貴臣から発せられる負のオーラが凄い。
何か的を得ない発言をしたら1発殴られでもしそうな雰囲気だ。
電車に乗り込んでも無言だった。
横顔をこっそりと盗み見るけど、無表情のまま流れる景色を見ている。
何を考えているのか分からない。そんな貴臣を見るのは久しぶりだった。
俺は思い切って尋ねた。
「どこ、行くの?」
「家です」
前を向いたままそれだけ言ってまた黙り込んだので、俺もそれ以上は言えずに前を向く。
出会った頃に戻ったみたいだ。
話しかけても相槌や短い返事だけ。
これ以上の領域は踏み込ませないという気が伝わってくる。
(俺……俺が悪いのか?)
秋くんがふざけた調子だったから、機嫌が悪いんだろうか。
どうしよう。貴臣にあのことを指摘されたら。
うまく、誤魔化せるだろうか。
自宅のドアを開けて靴を脱いだ瞬間、また強い力で引っ張られた。持っていた荷物と、羽織っていた厚手のカーディガンを剥ぎ取られて床に捨てられる。
それを拾い上げる間もなく、階段を上らされた。
「待てよ、服……」
「必要ありませんよ。どうせ後で全部脱ぐんですから」
脱ぐ?
もしかして、レッスンのことを言っている?
今日のレッスンは、外の予定だ。
それに、玄関先にあんな風に脱ぎ捨ててあったら親に不審に思われるじゃないか。
そう反論する前に貴臣の部屋のベッドに押し倒され、起き上がろうとすれば、肩を掴まれてそれを阻まれた。
そして貴臣の、こちらを見下ろす冷淡な目。
ものすごい既視感。
これは井岡の時と同じだ。
あの時もこんな風に怒っていた。井岡の前で変な声を漏らしたりしたから。
貴臣は無言で、俺の着ているネルシャツのボタンを襟元から順にプチプチと外していった。
「貴臣、ちょっと、待て……」
抗うが、俺の体に跨った貴臣の指は止まらない。
なぜだ。今回は何に対して怒ってるんだ?
分からな過ぎて混乱する。馬鹿な俺に丁寧に1から説明してもらいたい。
「待てって! そういうことをする前にまず説明しろよ! お前、先輩と知り合いだったのかよ?」
「えぇそうですよ。先輩と接触したのは、貴方 と何回目かのレッスンをしてからのことです。『相良 』先輩。中学の頃はサッカー部のキャプテンをしていたそうですね。偶然、クラスメイトにその人が兄だという人がいたんです。それがあいつです。あいつの名前は『悠助 』と言います」
眉ひとつ動かさずに淡々と言う貴臣は、俺のシャツのボタンをちまちま外す作業を放棄して、左右に勢いよく引っ張った。
ぶちぶちっと音が鳴って、ボタンが数個吹っ飛んで床を転がった。
「ちょっ……これ結構気に入ってるんですけど……っ」
「まさか貴方の好きな相良先輩の弟が自分のクラスにいただなんて思いもしませんでしたよ。けれどある日、合点がいったんです。悠助に頼んで、先輩のことを紹介してもらいました」
インナーもするすると首元までたくし上げられた。
外気に触れた乳首がスースーして、しかもそれを貴臣に穴があきそうな程に見つめられて羞恥に駆られる。
隠そうと手を動かせば、両手首を捕らえられ、頭の上で固定されてしまった。
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