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第72話 現れたのは。
「何してる」
声のした方に目を向けると、貴臣がそこに立っていた。肩を上下させながら、ゼェゼェと呼吸を繰り返している。
ドアが開いたことに全く気付かなかった。
貴臣は眉を顰めて俺を一瞥したあと、すぐに秋くんに視線をずらした。
「あ、お兄」
秋くんは呑気な声を出して、俺から体を離す。
開放された俺は安堵したが、次の瞬間には俺の前から秋くんはいなくなっていた。
貴臣が秋くんの胸元を掴んで引きずったからだと分かった時には、すでに貴臣は鼻先が触れそうな距離で秋くんに詰め寄っていた。
「兄さんに何をしていた?」
「久しぶりー。元気にしてた?」
「質問に答えろ」
「なんかお兄、超汗かいてる。もしかして走ってきたの? あれ、怜くん、これって……」
こっちを見られて、ハッとした。
貴臣は血相を変えてここにやってきてくれた。
そりゃあそうだろう。あんな風に秋くんに言われた後で電話を切られて、のんびり来られたとしても悲しくなる。
だけど秋くんに違った解釈をされて、しかも貴臣の前で指摘されたら嫌だ。
「秋くんっ!」
お願いだから言わないで……。
そんな風な願いを込めて、唇を噛みながら秋くんをじっと見つめた。
そうしている間にまたドアが開く。
入ってきた人物を見た俺は目を見開いた。
「おい、一体どうしたんだ?」
『俺が大好きなことになっている』先輩だった。
先輩は俺たち3人を見比べながら狼狽している。
「けっ、喧嘩か? ダメだぞこんな所で。店にも迷惑かかるから、やるんだったら外で…」
「あの、先輩、どうしてここに……?」
タイミング良く来られて、状況が見えない。
どうして貴臣のすぐ後で、先輩が入ってくるんだ。
これではまるで、一緒にこの店に来たみたいな……
「どうしてって、中田には言ってただろ。今日半額デーだから皆で食いに行くんだって……あぁ、貴臣は弟が今日誘ったんだよ。特に予定ないっていうから……えっとー、そっちの方はお友達?」
秋くんを見ながらヘラヘラと笑う先輩だけれど。
先輩と貴臣は知り合いだった?
どうして? そんなこと貴臣から一言も聞いていなかった。
途端にサーッと首筋が冷えていった。
嘘だろ。いつから? 先輩と知り合いということはもちろん、貴臣は知ってるんだよな?
──先輩の、名前を。
またドアが開き、もう1人の男が顔を覗かせた。
俺は硬直したまま、そいつの顔をじっと見つめる。
「どうかしたの……あっ」
そいつも俺を見つけて驚いていたけど、瞬時に笑顔になった。
「足の具合はどうですか? もう良くなりましたか?」
先輩から『こいつは弟だよ』と紹介され、ますます混乱した。
この間も俺の家に来ていた……貴臣の恋人になる予定の男がそこにいて、柔らかく笑んでいた。
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