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第93話 伝えたいこと②
貴臣の目は琥珀色。
いつからだろう。その瞳を綺麗だなって思ったのは。
……どうか俺だけを、映してもらいたいって思い始めたのは。
「好き……って、兄さん……」
貴臣は訳が分からないといった様子でフリーズしている。
俺は羞恥に駆られながら、少しずつ、内に秘めていた想いを暴露していった。
「貴臣の代わりになる人を、毎日探していたんだ。貴臣に雰囲気が似てる人、顔が似てたり……名前が似てたり。誰でも良かったんだ。貴臣以外だったら誰でも」
やっぱり俺は、涙してしまう。
歯を食いしばった。
「ずっと、辛かった。お前は常に俺の傍にいて、優しくしてくれて。諦めなくちゃならないのに、心と頭はバラバラで。貴臣が悠助くんと付き合う予定だって聞いた時は、本当にどん底に突き落とされた。どうして付き合う相手が、俺じゃないんだろうって」
貴臣の顔をまともに見れずに、俺はただひたすら自分のスニーカーを見ながら話し続けていた。
「こんなことになるなら、レッスンなんてしなきゃ良かったって思った。けれど貴臣との秘め事を増やしていくうちに、このままこの時間が続けばいいとさえ思った。『ずっと俺とレッスンしていきましょうよ』って貴臣が提案してくれる妄想を何回もしてた……そんなの無理に決まってるのに」
夢の中で、何度も何度も。
貴臣が柔らかく笑んで『俺と付き合ってください』と告げてくれる妄想さえも。
「ふ、普通に、出会いたかったって何度も思ったよ。義兄弟としてじゃなくて、赤の他人で、例えば友達同士でとか……でもきっと、そんな風に出会ってたら俺は、貴臣のことを好きにならなかったのかもしれない。それは誰にも分からないけど……俺の弟になってくれたから、お前を好きになった気がするんだ」
貴臣の手の上に、俺の手を重ねて握った。
涙をボロボロと溢れさせながら。
「好きになっちゃってごめん。好かれても迷惑だなんて分かってるんだけど……本当にごめん。お前にこうして触るのはこれで最後にするから……」
これが本当に最後だと思う。
気持ちを伝えてしまった以上、俺たちはもう単なる義兄弟には戻れない。
だからこれくらいは、許してくれ。
そんな風に思って手をぎゅっと握ったら、貴臣も握り返してきた。
しかもかなりの力強さだった。
「俺がいつ、貴方に好かれたら迷惑だなんて言いましたか」
貴臣は怒ったような口調で言ってから、片手で俺のぐっちゃぐちゃになっている顔を拭った。
「どうして貴方はそんなに優しいんですか……俺、嫌がる貴方に対してあんなに理不尽で酷いことをしたっていうのに……」
貴臣は、奥歯を強く噛み合わせたかのような表情だ。
貴方って言われても、今日は全然嫌な気分じゃなかった。むしろ大事にされているような感覚。
そのまま、貴臣に抱きしめられた。
肩口に顔を埋めた俺は呆然とする。
「謝らなくちゃならないのは俺の方です。俺は兄さんを騙していました。先輩とお付き合いする為のレッスンだなんて真っ赤な嘘です。俺は自分に都合のよくなるように兄さんを誑かして、独占して優越感に浸っていただけなんです」
頭をずらして、貴臣の顔を覗き込んでみてハッとした。
貴臣の眦にも、何か光るものが見えたから。
「た、貴臣、もしかして泣いてんの……?」
「泣いてません」
「……泣いてんじゃん」
「もし泣いているとしたら、兄さんのせいですよ」
貴臣は瞼を擦って、涙を袖で拭いた。
貴臣が泣いてるところなんて俺、初めて見た。
俺が泣かせたんだよな?
そう思うと余計に申し訳なくなって俺もますます泣いてしまったが、貴臣はそんな俺の涙をまた拭った。
「俺も兄さんと同じように、ずっと辛かったです。気持ちがバレたらまずいのに、どうか気付いてほしいと願う自分もいて。けれどそれは許されないことだから、なるべく抑えておこうと……こんなアンビバレンスな気持ちになったのは生まれて初めてですよ」
貴臣の顔に光が差し込んだ。
そして。
「俺も、兄さんが大好きです」
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