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第92話 伝えたいこと①

 自宅まで戻った所で言おうかとも考えた。  けれどそんなに待てない。  今この瞬間、貴臣に伝えたい。  俺は貴臣の腕を引っ張って、大通りから細い道にそれた。  木材置き場の裏手の道に出て少し歩いたところの、石の階段に腰掛けた。  ここは前に秋くんと通った道で、人目がないのは分かっていたから。 「お前もここ座って」  澄ました顔で隣をペシペシ叩くけど、内心ドッキドキで口から心臓が出そうなほどだ。  貴臣は大人しく従順して隣に座った。  緊張して喉がカラカラだし、手も足もちょっと震えていた。  本当の告白ってこんな感じなんだ。  3人に告ったことはあるけど、こんなに胸と顔と耳が熱くなるなんて初めてのことだった。   「話って、あの時のことですか」  痺れを切らしたように、貴臣は言う。 「あの時って?」 「俺が酷くしてしまったことですよ。あの時は俺も頭に血がのぼっていて、冷静になれなくて……兄さんに大変なことをしてしまったと、本当に申し訳なくなりました……今更ですが、すみません」  貴臣は少し俯いたまま、弱々しく呟いた。  俺は一生懸命首を横に振る。 「違う、それじゃねーよ。あの時のことはもういいから。とりあえず俺の話、聞けよ」  うわ、俺、語尾が震えちゃってるし。  恥ずかしい。逃げ出したい。  朝、貴臣の部屋の前でつらつらと自分の思いを述べた時の比じゃない。  でも、頑張る。  ズボンの布をぎゅっと握りしめた。 「俺、先輩と、別れた」 「……はい。どうしてなんですか」 「好きじゃないって気付いたから。俺は他に好きな奴がいるから」  視界の隅で貴臣が驚いたようにこっちを向いたのが見えたけど、構わず続けた。 「そいつはいつも、俺のことを大切に思ってくれていて、困ってる時は絶対に助けてくれるんだ。だからさっき、先輩の部屋でいけないことをしてる時、はやくここに来てくれたらいいのにって思ってた」 「いけないことって」  貴臣はあっという顔になって、すぐに「いえ、何でもありません」と付け加えた。 「……結局、出来なかった。貴臣とあんなにいろんなレッスンしてきたっていうのに、いざ先輩の前でしようとしてもうまく出来なくて。全部無駄にした。貴臣と今までしてきた、周りには秘密のエロいこと全部」 「……兄さん?」 「どうしてお前は、そこで待ってたりしたんだよ。待つくらいだったら、家に押しかけるとか電話するとかっ、そんな意気込みで来いよっ。そういう、遠くから暖かく見守ってますみたいなパターンはもううんざりなんだよっ」  あぁ、また間違えたし。  どうして俺はこう、素直になれずに他人のせいにしてしまうのか。  一言『好きだ』っていえば済む話なのに、遠回りしてしまう。  俺を気遣ってか、貴臣はへりくだった声を出した。 「すみません。今日、家から兄さんの後をつけてしまいました。俺の部屋の前で兄さんが話してくれたこと、全部聞いていましたよ。その時も兄さん、泣いていたから心配で」  律儀に話してくれたけれど、俺はじろりと睨めつける。 「泣いてねぇよ俺は」 「いえ、泣いていましたよ。兄さんは泣くとしどろもどろになりますからね。俺が事故を起こした時もそうでしたよ」 「うるせぇよっ! そんなことは今どうでもいいんだよっ……」  そうだ。泣いてた泣いてないは重要じゃない。  もっともっと、大切なこと。 「……俺はもう、辛いんだ。自分の気持ちに嘘つき続けるのも誤魔化すのも。こんなに1番近くにいるのに気持ちを伝えることができないのが、本当は嫌だった。本当ははやく、お前に伝えたかったんだ、貴臣」  伝えたいこと。  それは。 「俺は貴臣が好きだ」

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