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第91話 やるなはやれです
「中田」
また泣きそうになっていると、先輩は俺の頭を撫でた。
「ちゃんと、言えるな?」
背中を押してくれるような言い方に胸が熱くなった。
貴臣は俺を射るような目で見つめてくる。
決意して頷くと、先輩はまたへらっと笑って貴臣に向き直った。
「貴臣。俺たち、実は別れたんだ」
「……別れた?」
「まぁ詳しくは中田から聞いてくれ。あ、言っておくけど、中田を虐めたわけじゃないからな。こんなに泣いてる理由も、きちんと話してくれると思うから」
「別れたって……どういうことですか」
貴臣は訝しんで、俺の顔を覗き込んでくる。
先輩も一緒にいる手前、すぐには言えなくて俯くしかなかった。
先輩はやっぱり明るく笑って、俺たちの背中をポンポンと押した。
「ほら兄弟。2人きりで話し合え。で、中田。きちんと本音をぶつけてみろ。そうしたらきっと、悔いなんて残らないから」
そう言い残して、先輩はマンションの方へ戻ってしまった。
俺と貴臣は、その背中を見えなくなるまで視線で追った。
背中が完全に見えなくなったところで、俺たちはようやく見つめ合った。
「兄さん。相良先輩と別れたって本当なんですか」
「ていうかお前、なんでここにいるんだよ」
「……ですから、散歩です」
「それはもういいから……ふふっ」
俺はやっぱり、笑いが止まらない。
表情を変えずに取り繕っているが、嘘を吐いた手前そう言うしかなくて照れている貴臣。
そんな貴臣をまた見られた。
目を見て、話してくれた。
告白なんてしたらもう喋って貰えなくなるかもしれないけど。
そう考えるとやっぱり逃げ出したくなる。
このまま気持ちを伝えなければ、元の義兄弟に戻れる気がした。けれどそれはダメだ。先輩だって、俺の背中を押してくれたんだから。
「……お前の殻を破らないから俺のも破るなって言ったの、聞いてなかったの」
ここに来たってことは、あの時部屋の中から俺の話は聞こえていたわけで。
貴臣は「あぁ」と顔を傾けた。
「俺、やるなって言われるとやりたくなってしまう質 なので」
偉そうに言う貴臣に拍子抜けして、また吹き出してしまった。
馬鹿だな、貴臣ってほんと馬鹿。
大好きだよ、ボケ。
心の中で呟いて、俺は顔を上げた。
「俺、お前に話したいことがあるんだ。話そっか……どっかで」
俺たちはあてもなく歩き出し、とりあえずその場から離れた。
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