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第90話 散歩
「あ、またそうやって泣くんじゃねぇよ……」
「あの、悠助くんの連絡先、教えて下さい……俺から話しますから」
「俺、あいつの連絡先知らないんだよ」
「嘘ばっかり……っ」
思えば相良先輩は、初めから助けてくれていた。
告白した時も、自分が変態だから無理だってやんわりと断ってくれたのに。俺は自分勝手に話を進めて、付き合えたら勝手に貴臣を諦められると思い込んで、でも出来なくて。
両手で涙を拭っていたら、先輩の慌てた声が降ってきた。
「な、中田。すぐに泣きやめ」
「はい、いつまでもすみません……」
「いやマジで。すぐにっ……来てる。来てるから」
来てる? って何が?
ふと顔を上げると、先輩は俺の後方を見て目を見開いていた。
俺も視線の先の方を向く。
貴臣がすぐそこにいた。
俺も同じように目を見開いた。
「相良先輩」
貴臣は低い声を出して先輩の前に立ち、切れ長の目を釣り上げて見下した。
「どうして兄さんのことを、泣かせているんですか」
慌てふためいた俺は、貴臣と先輩を交互に見る。
違う。先輩のせいじゃないのに。
そう言い訳したかったが、先輩が先に口を開いた。
「あれ、貴臣。お前はどうしてここにいるんだ?」
質問に質問で返す先輩は、貴臣にギリギリと睨まれようとも笑っている。
貴臣はぐっと唇を噛んでそっぽを向いた。
「……散歩です」
「ふっ」
笑い泣きしながら思わず吹き出したのは俺だ。
散歩って。
俺ん家からここまで何キロ離れてると思ってんだよ。
見え透いた嘘だっていうことは3人とも気付いている。
「あぁそうか、たまたま散歩していた貴臣が、たまたま俺たちが出てきたのを見つけたってことか」
相良先輩が悪戯っぽく笑うと、貴臣もムキになったのか「えぇ、そうですよ」とぶっきらぼうに返した。
先輩は貴臣を困らせて、ちょっと楽しんでいるみたいだ。
貴臣は待っていたんだ、きっと。
いつから? もしかして先輩の家に入った時からずっと?
こんな寒空の下、いつ出てくるかも定かじゃないのに、どうして──
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