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第89話 本当の気持ち③

「性癖のことを言ったのは、お前が『やっぱり無理です』って言うと思ったから。けど中田が頑張ってくれてるって聞いた時にビックリして。うまく付き合えるかもしれないって思ったんだ。けどそれは……」  相良先輩は唇を噛んだ。  何が言いたいのか分かったので、こっちから告げた。 「妥協ですか」 「……つまり、そういうことだな。嫌いではないからとりあえず、って思ってたんだよ。ごめんな。中田のことはむしろ好きな方だとは思うんだけど、でもやっぱり……」  きっとそれは、心からの好きじゃない。  俺たちは本当の意味でお互いを必要としていなかったのだ。  俺はニッコリと笑った。 「教えてくれて、ありがとうございます」 「いや、中田こそ、貴臣への気持ちを俺に暴露しちゃったけどさ……これからどうするつもりだ?」  どうするとは、貴臣とのことだろう。  先輩の部屋からリビングに戻ってくる最中にもう決めてあった。 「もうむやみに他人を好きになったりしません。貴臣への気持ちが消えなかったらずっと1人でいます。貴臣も俺も、いつまでもあの家にいるとは限らない。きっとこの先、環境が変わると思うんです。離れることで少しずつ、気持ちをなくしていけたらいいなと思っています」  先輩は神妙な面持ちで何度か頷きながら、コーヒーのおかわりをカップに入れてくれた。 「告白しないのか? 俺にしてきた時みたいにさ」 「いえ、しないですよ。そんなことしたら、貴臣はきっと幻滅します」 「いいんじゃないの? されたらされたで」  そんな風に言われるとは思わなかったので、俺は目をしばたたいた。 「でも……そしたらもう2度と喋ってもらえなくなるかも」 「そうなったらまた、寄り添えるように中田が頑張ればいいんだよ。1度心を開かせることができたんなら何度だってできるよ。中田は昔、貴臣にいくら冷たくされても諦めなかったんだろ」 「……」 「それに貴臣だって、もう大丈夫だろ。今はガキっぽい昔のあいつじゃないんだから。あいつを少し、信用してみれば?」  信用。  もし告白なんてしたら貴臣にドン引きされる、幻滅されるとばかり思い込んでいたけど。  貴臣は果たしてそうするだろうか。  貴臣なりに俺の気持ちに向き合って、ちゃんと答えを出してくれるんじゃないか。   「……分かりました。伝えてみます」 「うん。頑張れよ」  相良先輩は最後まで優しくて穏やかだった。  結局、俺たちの関係は解消された。  恋人同士ではなく、もとの仲の良い、ただの先輩後輩に戻ったのだ。  エレベーターで1階に降り、エントランスを抜ける。  もうここでいいですと俺からお願いをすると、先輩は思い出したように言った。 「悠助には俺から言っておくよ。貴臣のことは伏せておいて、俺の性欲の強さに中田がついてこれなくてとか、適当に誤魔化しとくから」 「え……」    先輩は振り回されただけなのに、どうして自分が悪者になろうとするのか。  俺は何度もかぶりを振った。 「いえっ、本当のことを言ってもらって構わないです。俺が先輩のことを利用しただけなんだって。本当は他に好きな奴がいた、最低な奴だったんだってちゃんと言ってください」 「なるほど。じゃあそう言っておこうかな」  ニコッと笑う先輩を見て、嘘だと思った。  先輩は自分が悪かっただけだということにしようとしている。 「いえ、本当に言ってください」 「うん、だからそう言うよ」  ますます笑顔で言われ、確信した。  たぶんこの人は言わない。  どうしてこんな俺を庇ってくれるのか。  その優しさに、今日何度目かの涙がぶわっと出た。

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