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第95話 伝えたいこと④

「……ん…っ……」  唇を塞がれ、声が漏れる。  自ら口を薄く開くと、貴臣の舌が潜り込んできた。  歯列をなぞられ、上顎を舌先で撫でられると頭がジンと痺れる。  とにかく夢中で絡ませ合った。  この間のレッスンでは言葉と心がチグハグだったけど、今日はしっかりと「貴臣、好き」と言いながらキスができた。  キスを解いて、熱っぽい息を互いに吐き出すと、貴臣は眉間にしわを寄せた。 「えぇそうですよ。兄さんが誰かとうまくいけばいいだなんて、本当は1度も思ったことなんかないですよ。醜い嫉妬まみれで、兄さんが好きになるような男はこの世から抹消したいだなんて、本気で思いましたよっ」  真面目に必死になって言う貴臣がなんだか逆に笑えて、吹き出してしまった。 「抹消ってお前、ひど……っ」 「えぇ、俺はひどい人ですよ、兄さんをずっと騙して。でもそれに騙される兄さんも兄さんですよ。悠助が俺を好きなんじゃないかって予測も外れていたし。いやいや言いながらも、レッスンだって順調にこなしていくし。やっぱり兄さんはちょっとお馬鹿さんで、鈍感です」 「うるせぇ! そんな奴を好きになったお前が1番馬鹿だろ!」  またぎゅうっと抱きしめられる。  俺も貴臣の広い背中に手を回して抱きしめた。  余裕のない貴臣。  俺なんかのことで涙しちゃう貴臣。  全てが可愛く、愛しく思えた。  風が吹いて木の葉がザァッと揺れ、落ちていた葉っぱが綺麗に宙を舞う。  夢みたいな時間の中、貴臣は告げた。 「兄さん。2人で生きていきましょうか」  その言葉を頭の中で反芻した。  生きていく。2人で。  互いの気持ちを取り繕わずに、片方が悲しくなったら片方が慰めて。嬉しいことや楽しいことを共有して。  温もりを感じたかったらハグをして。愛しさでいっぱいになったらキスをして。  それがきっと、求め合うということ。世間的にいうと、付き合うということ。  それを、他でもない大好きな貴臣とできるだなんて。  これ以上ない幸せな気持ちになったのも束の間、頭の隅に引っかかるものがあった。  ──秋くん。  あの時の秋くんの言葉。  俺は動けなくなった。  不安な気持ちは伝染したのか、貴臣は心許なく体を離した。 「いきなりそんなことを言われても困りますよね。すみません」 「ううんっ、違うんだ。俺もできることなら、貴臣と生きていきたいと思うよ。だけど……」  そのまま黙ってしまう俺を、貴臣は責めずに目尻を下げた。 「何か不安に思うことがあるのなら、些細なことでも話してもらえませんか。俺はもう、兄さんに嘘は吐きたくないし、兄さんにも嘘は吐いてほしくないんです」

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