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貴方のおしりは、俺が守る!(2)
「本日の資料に関しては来週火曜日を目処に共有フォルダに保存しておきますので、各自ご確認ください」
『ありがとうございます』
『承知しました』
「それでは、これにて課長会議を終了いたします。お疲れ様でした」
『お疲れ様でした』
八分割されていたモニター画面が、ひとつ、またひとつと統合されていき、本社経理部財務課長の枠だけが取り残される。
ようやく真正面から目が合うと、航生 はいかにも退屈そうだった表情を一気に輝かせた。
『まーさと!』
「ん?」
『元気?』
元々緩んでいたネクタイをさらに緩めながら、航生が笑う。
俺もポロシャツのボタンを外し、伸びをして強張っていた背中の筋肉を引き伸ばした。
「元気だよ。航生は?」
『元気元気! 在宅っていいよなあ。通勤のストレスがないのがマジで最高! 無駄な会議も減ったし、電子決裁の利用率も格段に上がったしさあ』
「三枝 は人肌恋しいって嘆いてたけど?」
『はあ? なんだそれ、信じられんねえ!』
現状に対するふたりの捉え方があまりに対照的で、思わず笑ってしまう。
余計な手間暇をかけることが大嫌いな合理主義者の航生にとっては、この状況は天国なんだろう。
ちなみに俺は、立ち位置的にはふたりのちょうど中間くらい。
こうして在宅ワークがメインになっても仕事自体はなんとか回していけてるけど、やっぱり対面でやりたいと思う業務もある。
『そういや、佐藤くんは仕事大丈夫なのか? 東京 は名古屋 よりシビアだろ』
「あー……ピアノのレッスンは休講になったし店舗も休業中だから、自宅待機になって……もう一ヶ月くらいか?」
『うっわ、マジ? それすんごいストレス溜まんじゃん!』
「ジョギング行ったりピアノ弾いたりしてるし、俺の勤務時間中は料理にのめり込んでるみたいだし……気分転換はできてるだろ。さっきもスーパーに行くって張り切って出てったし」
俺の言葉に、なぜだか航生は不満を露わにする。
思い切り眉間に皺を寄せて、頰を引くつかせながら身を乗り出してきた。
『おっまえなあ、そういうことじゃないだろ? 四六時中一緒にいるんなら、そっちの方もちゃんとしてやらなきゃさあ』
「そっち? ……って?」
『エッチ!』
うっかり椅子からずり落ちそうになった。
『ふたりとも家にいるんなら、二十四時間エッチし放題じゃん!』
「……」
『お前が性欲魔人じゃないことは知ってるけどさ。佐藤くんは若いんだし、たまには自分から脱いで誘ったりしてさ。ちゃんとそういう気分転換にも付き合ってやれよ?』
航生に悪気がないことは分かってる。
でも今は俺の状況が状況なだけに、ものすごく神経を逆撫でされてしまった。
「木瀬課長……」
『なんですか、神崎室長?』
「今の録画しておきましたから」
『は!?』
「セクハラ案件としてコンプラ窓口に提出いたしますので。以上、失礼いたします」
『ちょ、理人 ! それはシャレにならな――』
無理やり回線を切断すると、航生の残像はあっという間に藻屑となって消え去り、見慣れたデスクトップ画面が現れた。
「若いんだから……ねえ」
同じアラサーでも佐藤くんは俺の四つ下なわけだし、航生の言うことはもっともなんだろう。
でも……。
「むしろ拒まれてるのは俺の方なんだよな……はあ」
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