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スラフの独白 2
メルトが岩山ダンジョンで転移罠によって消えてしまった時、すぐさま残りの班員である俺達は引き返して、捜索隊が組まれた。
転移罠の発見とメルトの救助だ。メルトは見習いで金をかけて育て上げた正騎士候補だ。冒険者がいなくなるのとはわけが違う。
岩山ダンジョンの脅威度の見直しもしなければならない。罠のないダンジョンと思われていたのは転移して帰ってこないせいだったということもありうるからだった。
俺達の班は待機で、大半の見習いは王都に戻された。
用意されたテントで蹲って捜索隊の色よい報告を待つミランは日に日に憔悴していった。
いてもたってもいられずに何度か岩山ダンジョンの入口まで夜に抜け出して見に行っていた。
俺はそっとあとをつけていざとなったら、ミランを連れ戻せるように待機していた。
泣き崩れるミランを見るたびに胸が痛んだ。
落ち着いたころに一足先にテントに戻り、帰ってくるのを待っていた。肩を落として戻ってきたミランは俺に気付くと涙を溢れさせた。
「スラフ、メルト、帰ってくるよね?無事に、帰ってくるよね?」
涙を溢れさせるミランを思わず抱きしめてしまった。
「ああ、メルトは強い。きっと帰ってくる。」
腕の中の小さな体を、あやすように抱きしめて落ち着くまでそのままでいた。
その時俺は気付いた。
ミランに惚れてしまったということを。
無事にメルトが戻ってきたときはこれでミランが悲しまないと、ほっとした俺は、酷い奴なのかもしれない。
メルトは綺麗になって戻ってきた。
メイル達は色めき立った。何せ、動作の一つ一つが色っぽいのだ。この感覚はたぶんフィメルにはわかるまい。以前にも増して、首元や胸元や腰にメイルの不躾な視線が向けられた。
メルトは全然気づいていない。警戒心のけの字もない。
さすがに少し心配したが、同室のフィメルのガードが固く要らないちょっかいは出せない様子で、ほっとした。その時はロステや俺が止めようとは思っていたけれど、そうはならなかった。
メルトがダンジョンから戻ってきて、言動の端々に今までにないものが現れた。
それはミランから聞いたものだったり、俺が感じたものだったりなのだが。
肉が食べたいからと狩りを始めた。ロステの誘いを断っての狩りだったから、ものすごくロステが落ちこんで、慰めるのに苦労した。
そのメルトの行動が見習い全体に及ぶなど思わなかったが、新しい投擲武器がもたらされ、交代で狩りをすることになった俺達見習いは、新しい修行の場と食事の充実につながったのだから文句は言えない。
見習いの訓練も最終段階に入っていて、野営訓練が行われる。これまでに何度か行われたが、教官に教えられたことを熟すだけに近かった。今回は自分たちでやれという訓練だった。仕上げの意味があるのだろう。
正騎士になったら、魔物討伐や、遠方への遠征、戦争など、野営の必要はいくらでもある。
班分けは前回のダンジョンの時と同じになった。俺、リスク、ミラン、メルト、リンドだ。
ロステは涙目になっていた。公私混同するのはいただけないが、メルトに関してだけ、ポンコツになるんだと思っておこう。でないとロステが不憫だ。
リンドはお目付け役で、ほとんど指示はしない。自然と森に慣れている、俺がリーダーシップをとることになった。
ペアを順繰りに回して偵察や採取を行った。
ミランとペアで出た時、柄にもなく緊張をした。良いところを見せたいと思ってしまったが、発揮されるような場面には出会えなかった。
それでも、行動を共にしているうちに距離が近づいていった。
ミランの放った矢が木に止まっている魔鳥の頭に突き刺さる。
スキル、「一撃必中」のおかげだそうだ。
ミランの弓兵としての腕は上位にあるだろう。この腕が俺にもあったなら、狩人として故郷でやっていけたかもしれない。
まあ、ないものねだりはしないほうがいいし、なかったからこそ、ミランに出会えた。
「凄いな。」
俺が思わず呟くと嬉しそうにミランが微笑む。
「えへへ。スキルのおかげなんだけどね!」
そういって弾むように駆けていって落ちた鳥を拾いに行く。
見習いに課せられた、王都の森での狩りでもミランは相当数の獲物を狩ってきた。
ミランとメルトが狩りに出る日は夕飯の皿が増えることに騎士団員までが感謝していた。
身体が資本の騎士は肉が必要なのだ。
メルトの言葉は正しい。
やはり、肉は必要だ。
食べられる木の実や野草も採取するが、肉がなければ話にならない。
上機嫌で戻ってきたミランは可愛かった。
そうして二人で森を警戒しながら歩く。不意に藪が揺れた。先を歩くミランが気が付いた様子はない。
俺は来るであろう魔物とミランの間に体を滑り込ませて、一本角兎の突進攻撃を止めた。槌の頭の部分で受けた角の攻撃の重さに手が痺れた。難易度の低い魔物だが、この攻撃は油断すると命を落とすほどの威力を持っている。弾き飛ばして頭を槌で潰した。
「あ、ありがとう。油断してたみたいだ。」
青い顔でミランが礼を言ってきた。
「いや、無事でよかった。さ、警戒して行こう。」
俺は一本角兎の血抜きをして、不用部分を地中に埋めて、いったん獲物を置きにベースキャンプに戻ることにした。ミランの動揺を落ち着かせたいとそれもあった。
そのあとから、ミランの俺に対しての壁が一枚、無くなったような気がした。
野営訓練は平穏には終わらず、突如出現した魔物の氾濫で、死地と化した。
野営に参加していた見習いは、応援が来るまで魔物の足止めに参加することになった。
俺達の班はあとで聞いたところ、一番危険な場所にいたという。
俺達はともかくも必死に魔物を屠り続けた。
俺達の腕で屠れない魔物はいなかったが数が多かった。弓はすぐに尽きたし、疲労が襲ってくる。
ポーションは貴重品で、野営訓練になど使えない。
その時メルトに変化が訪れた。彼の身体は金色に光る。目の色が金色に変わっていた。
見違えるほどの動きで魔物を屠る。人が変わったようで使えないはずの斬撃スキルを放った。
「メル、ト?」
戸惑うミランの呟きが聞こえた。
とにかくメルトが討ち漏らした魔物を討つ状況に変わった。
リンドが撤退の指示を出そうか迷った時、この現象の原因となる魔物が現れた。
もう、だめか、と思ったその時、メルトの周りに魔法防御が現れて彼を守った。
直後、ノヴァク団長が現れてメルトに剣を投げた。
その剣を使ってメルトが飢餓の魔物を討ち果たした。
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