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第1話
『遠野航一(とおのこういち)が小椋遙(おぐらはるか)と会ったのは5年振りのことだった』と、小説は始まっていた。
小説のタイトルは『ワードローブ』。
今年の冬には続編である新刊が出て、来年の春にはドラマ化するという話があるらしい。
「刑事をいきなり辞めて、モデルに転向なんてどうなんだ」
ページを開いていた小説をぱったりと閉じると、大門毅は口を開いた。
大門毅。彼は現役の警察官で、珈琲を淹れにキッチンへ向かっていた友人・広部聡に声を投げる。
「まぁ、自分でも荒唐無稽だとは思うけど、ドラマ化するなら多少は羽目をはずさないと! って思ってね。小説は文字だけの文学だからこちらが思う以上に静かになり過ぎてしまうことがあるから」
広部は珈琲の入ったカップを載せたトレーを大門の座っていた席の真ん前にあるテーブルへ置くと、自らも珈琲のカップを手に取る。
どんよりとした暗い空に雨の持つ特有の匂いがしそうだが、広部の住む高級マンションには彼が淹れたばかりの珈琲の香りで溢れていた。
「そういうものなのか……」
「まぁ、それはどうでも良い。作中だと元刑事でモデルの遠野がデザイナーの小椋に告白して、キスして、一線を越えているんだけど、何か、次の展開が思いつかなくて……大門に来てもらった訳」
広部は珈琲を淹れる前に用意していたフィナンシェを手に取ると、食べる。その前にはクッキーやチョコレートも食べていたと大門は記憶していて、よく食べると思った。
「次の展開って?」
「ほら、よく昔の女が出てきたり、新しい男が出てきたり。あ、逆もあるかな? 急にお見合い話が持ち上がったり、かつて遊びで一夜だけ過ごした男が忘れた頃に出てきたり……でも、小椋のライバルのデザイナーの永瀬(ながせ)が遠野に迫っていたし、2回目はまたかって感はあるというか」
大門達はどんな感じなの?と広部は嬉々として聞いてくるが、大門は言った。
「次も何も、あれから2回しか会っていない」
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