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第5話

 まだ刑事研修の結果は出ていないが、それに落ちても、晴れて受かっても、職業質問や捜査資料作成の為にコミュニケーション力は必要だということらしい。  ちなみに、広部部長は偶然にも広部聡の父で、広部聡は3人兄弟の末の息子だった。 「そう、なんだ」  刑事巡査になるかも知れない恋人はどこかへ行ってしまうのでは、と思うと、高屋の顔が少しだけ曇る。  自分は国内外のコレクションやコンペティションに向かって、邁進しているにも関わらず、身勝手なことを思ってしまう……。 「高屋さん?」 「ああ、ごめんね。昨日は少し夜、遅くて……大門君は仕事中だからそんなにゆっくりしてられないのに」  気にしないで、と嘘でも本心でもあることを言い、高屋は大門を事務所兼アトリエのある2階から1階の玄関先まで送ろうとドアに手をかける。 「今日は大門君が来てくれて嬉しかっ……」  高屋が言葉を全て言い終える前に、高屋の唇は止まる。いや、止まるというよりは塞がれてしまう。  大門の精悍な顔つきに、高屋は堪らず目を閉じて、なされるがままだ。 「うンっ……」  時間にして、1分とない時間だったが、秒針さえも止まったように時を静かに刻んでいく。  「大門君……」  大門の唇が高屋の唇から離れていくと、高屋は熱を帯びたように、大門を呼ぶ。  すると、大門はゆっくりと口を開いた。 「俺、初めては思い出に残るようなものにしたいと思ってたんですけど、思い出に残らないなら何度もすれば良いってあの本に書いてあって」 「あの本?」  と、高屋は呟くと、確かに初めて耳にした、いや、目にしたような台詞だった。  確か、『ワードローブ』に出てくる小椋のライバルデザイナー・永瀬の台詞だったように高屋は思い出す。そして、そのライバルデザイナーのモデルとなったかつて学び舎を共にし、夢を語っていた友人の顔も……。 「僕は……君より早く死ぬだろうけど、もし、僕が小椋遙なら君との全ては全て、覚えているつもりだよ」  高屋は美作がモデルになっている永瀬の台詞を口にすると、大門は遠野と同じように否定する。 「全てを覚えてもらうのは光栄だけど、それなら、俺は覚え切れないくらい愛します。高屋さんを……」  遠野と同じように永瀬からのアプローチを断る台詞だが、『それなら』の後は大門のアレンジだった。 「ありがとう、大門君」 「いえ、高屋さんも無理しないでくださいね」  高屋は当初通り、1階の玄関先まで大門を送ると、また自らの事務所へ戻り、デザイン画を描き始めた。  フェルメールブルーで塗られた夜空から銀色の星が5の文字に向かって落ちていく壁掛けの時計は1時43分を刻んでいる。  143。  大門がそこまで意図したかは分からないが、『I love you』を刻んでいく。

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