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第一話

 ヒカリが結婚したのは、新緑が眩しい五月のころだった。  純白のタキシードに身を包み、新郎の隣に立ったヒカリは、誰の目から見ても輝いて見えた。  ピンクの薔薇があしらわれた小さなブーケに負けないくらい、紅潮した頬。はにかんだ笑顔で新郎であるキョウジを見つめる姿を、来場者たちは微笑ましく見守った。  そんなヒカリの隣に立つキョウジもまた、満面の笑みを浮かべている。  そんな彼に、ヒカリはホゥッ……と感嘆の息を吐いた。  二人の結婚はキョウジの熱烈なアプローチがあって実を結んだもの。 出会いのきっかけは、父が仕事の関係で知り合ったキョウジをヒカリに紹介したことだった。  箱入りオメガだったヒカリは、これまでアルファと関わることが極端に少なかった。小中高はオメガだけを集めた学校に通っていたし、就職はせず家で父の仕事を手伝う日々を送っていた。  身近なアルファといえば父と兄の二人だけ。  大人になっても、恋の一つもしたことがないヒカリにとって、アルファの中のアルファとも言えるキョウジが眩しすぎて、まともに顔もあげられないほどだった。  キョウジはヒカリに猛アプローチを開始し、短い交際期間を経た二人はついにこの日を迎えた。  生まれて初めて好きになった相手に嫁げる幸せを、ヒカリは噛みしめていた。  キョウジさんとなら、きっと幸せになれる……ヒカリは心の底からそう信じていた。  それなのに。 「婚姻届も出したことだし、お前はもう用済みだ」  初夜の晩、キョウジはヒカリにそう告げた。 「えっ……」  キョウジが真に欲しかったのはヒカリではない。  彼はヒカリの実家である明星家との繋がりを求めていただけなのだ。  キョウジはベータの家系に突然生まれたアルファで、小さいころから人一倍上昇志向が強い人物だった。  大学を出てすぐに作った会社はみるみるうちに業績を上げ、今では世界でも通用するほどの大企業に発展した。  並み居るアルファの中でも一際光り輝くキョウジを周囲の人間は口々に褒めそやし、彼の側に侍ろうと躍起になった。  まさにこの世の春。  しかしそんな彼がどう足掻いても思い通りにならないこともあった。  この国にはいわゆる伝統や格式を重んじる種類の人間が一定数おり、ポッと出のキョウジなど門前払いで話を聞いてくれない者もいたのだ。    普段であれば「頭の硬い老害が!」と一蹴するところなのだが、今回手掛けている仕事ではどうしても老害の一人に接触し、懐柔する必要が出てきた。  成功すれば更なる富と栄誉が一気に手に入るビッグプロジェクト。なんとしても成功させなければならない。  しかしどんなにアポを取ろうとしても、糠に釘、暖簾に腕押し状態。なんの伝手もないキョウジに、決して会ってくれはしない。  打つ手全くなしの状態に苛立っていたとき、別件で紹介されたのが明星家の当主……ヒカリの父だった。  明星家は代々学者の家系で、元は華族というお家柄。その出自ゆえだろうか。当主もその息子もアルファのわりには物腰が柔らかく、どこか浮世離れしてみえる。キョウジの目には覇気がないように映った。  薬にも毒にもならなそうな、平凡な人間。いつもならば挨拶だけ交わして終わりにするところだが、キョウジは敢えて懇意になろうとした。  なぜなら明星家は室町時代から続く名家で、キョウジの言うところの「老害」たちとの繋がりが濃厚だったのだ。  なんとか明星家当主の懐に潜り込んで仕事をしやすくしてやる……そう思っていた矢先、彼にオメガの息子がいることを知った。  そう、ヒカリである。  アルファであるキョウジを見て頬を染めるヒカリを見たキョウジは、これを利用する手はないと直感した。そして即座に交際を申し込み……結果はご承知のとおりである。  披露宴には(くだん)の老害も招待し、明星家と繋がりができたことを最大限にアピールした。これで仕事がやりやすくなるだろう。 「だからお前はもう必要ないというわけだ」 「そんな……僕を愛してくれていたのではないのですか?」 「ハッ! そんなわけがあるか。仕事のことがなければ、いくらオメガとは言え男と結婚なんてするかよ!」  そこに、かつてヒカリを熱っぽい目で見つめ、愛を囁いてくれたキョウジの姿はなかった。 「とは言えこの仕事が終わるまではお前にいてもらわないとマズいから、とりあえずここに置いてやる。その代わり一歩も外には出さないし、外部とも一切接触させる気はないがな」 「そんなっ!」  キョウジの口から出た無慈悲な言葉に、ヒカリはただ呆然と立ち尽くすしかなかったのである。

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