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第十話
パーティー当日。
大勢の紳士淑女が居並ぶ中、一際目を引くカップルがいた。
キョウジとヒカリである。
この日のためにキョウジはダークブラウンのスーツを新調し、当然ヒカリにも柔らかいブラウンのスーツを誂えた。色こそ違えどデザインは全く同じ。よくよく観察すると、ポケットチーフや靴もお揃いのものを身に付けており、ヒカリに対するキョウジの執着が手に取るようにわかる。
二人が友人知人に挨拶をしていたとき、後ろからキョウジを呼ばう声がした。
振り向いた先にいたのは、このパーティの主催者である『御前』……かつてキョウジが“老害”と呼んでいた人物である。
「やあ。楽しんでおるかね」
「お招きいただき、ありがとうございます」
「おかげさまで楽しませていただいております」
深々と礼をするヒカリに目を細めた御前は、キョウジに向き直ると「例の件だが」と切り出した。
それはキョウジがどうしても成功させたいと願っていた案件のことである。
御前はこのパーティーの席で契約を締結させ、キョウジの会社と業務提携することを発表するつもりでいた。
そのためにこれから別室へ移動して、書類に捺印をする必要がある。
「今からいいかね?」
「もちろん。……ですが……」
キョウジは隣に並ぶヒカリをチラリと見た。
御前と共に移動すれば、ヒカリを一人にしてしまうことになる。
まだ番になっていないヒカリをアルファの群れに近付けて、万が一の間違いが起きてしまったら……そう思うとキョウジは気が気でない。
そんなキョウジを見て、御前は長い髭を撫でながらニヤリと笑うと
「君の奥方に対する執着ぶりは儂の耳にも届いておるぞ。ヒカリを一人にするのが嫌なんじゃろう。そう思うて、明星家の面々も呼んでおいたぞ」
えっ? とヒカリが振り返ると、そこには一年半振りに見る家族の姿が。
「父さん、母さん!」
「ヒカリ! あぁ、見ない間にこんなに綺麗になって……」
「元気そうで安心したよ」
久方ぶりの両親との対面に、ヒカリの涙腺が緩む。
「我々が別室に行っている間、ヒカリは明星くんに任せておけば安心だろう?」
「御前……お心遣い、痛み入ります」
キョウジもまた深く頭を下げると、ヒカリを両親に預けて御前の後に付き従った。
別室で書類の最終確認を行い、同席した弁護士が見守る中、代表者印を押す。
これでキョウジが心血を注いだ案件が、無事締結したのだ。
ホールに戻る前に……と差し出されたブランデーのグラスを受け取り、乾杯をする。年代物の酒はまた格別の味がした。
「ところで、ヒカリとはうまくやっておるかね」
明星家深い繋がりのあるこの御前は、昔からヒカリのことを我が孫のようにかわいがっていた。
そんなヒカリが結婚後、一年半もの間全く表に出て来なかったのだ。心配も|一入《ひとしお》だったのだろう。
「はっ、おかげさまで……」
以前よりも二人は親密になった。ようやく訪れた新婚らしい雰囲気にヒカリも幸せを感じているようだし、結婚前に見せていた穏やかで愛情たっぷりの表情を浮かべるようになったのだ。
二人の仲は着実に進展していると言っても過言ではない。
未だキス止まりでその先に進めずにいることだけが不満だったりもするが、抱き合うチャンスなんて今後いくらでもやってくるだろう。
何せ自分たちは愛し合う夫婦なのだから……多分。恐らく。きっと。
「それは重畳。あの子は本当にいい子だからの。悲しませるようなことをすれば……」
御前の目がギラリと光る。
キョウジが以前ヒカリにしていたことがバレれば、今すぐ首が飛ぶだろう。物理的に。
そんな物騒な眼差しを、御前はキョウジに向けていた。
「そのようなことは、決していたしませんので」
冷や汗を浮かべながらも、キッパリとそう答えたキョウジに対し、うんうんと満足げに頷く御前。
「その心意気じゃ。まぁ、儂が手を下さんでもその前にヒカリが自ら手を下すじゃろうて。あの子を怒らせると身の破滅を呼ぶからの。心しておくがよい」
「そんな、大袈裟な……」
「何が大袈裟なものか。ヒカリだとて腐っても明星家の一員。本気で怒らせたら最後、肉片一つ残らず消滅すると、覚悟しておくのじゃない」
「はっ!?」
「なんだ、ヒカリから聞いておらんかったのか? 明星家は室町時代から続く、裏家業専門の家系なんじゃぞ」
御前の言葉にキョウジは我が耳を疑った。そんなこと、ヒカリから聞いたこともない。全くの初耳である。
「たかが学者風情が、何百年も家を保っていけるものか。あの家は昔から時の権力者に寄り添い、仕えてきた。先の大戦で大敗を喫したこの国が、列強に食い潰されずに生き残っていられるのも全て、明星家の力あってこそ」
明星家が御前のような国の重鎮ともいえる人物たちと懇意にしている理由がようやくわかった。
ではヒカリもキョウジに出会う前は裏家業に手を染めていたと言うのだろうか?
しかしキョウジの疑問を御前は一笑に付した。
あの家に生まれながらも末っ子として甘やかされてきたヒカリは、争いごとや力による解決を厭って家業にはほとんど手を出すことはなかったのだと言う。
「とは言えヒカリとてあの家の基本は充分身に付けておるからな。じゃから怒らせるような真似はせぬよう、充分気を付けるがいい」
「は……はぁ……」
その忠告は遅いです。もうとっくの昔に怒らせました……とは言えないキョウジ。
ハハハと引き攣った笑みを浮かべつつ、あの程度のお仕置きで本当に良かったと、今さらながらに思ったのである。
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