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第4話

 ヤツの言葉どおり、俺はとにかく治療に専念する体制に置かれた。一日二回、お抱えらしき医者が来て、検温と血圧測定、それと怪我の治り具合を診ていった。点滴はなかなか外れなかったが、いわゆる大怪我だから仕方ない。  二回ほど目隠しをされて、ストレッチャーに乗せられて、何処ぞの病院らしき場所でエコーやらレントゲンやらを撮られた。医者達には虐待を受けた青年を匿っている.....とか言っていた。まぁ裏稼業のモンでも金を積まれれば診る、という医者はここロシアでは珍しくもなかろうが、ミハイルは表向きは大企業のオーナーだ。まともな医者にかからせてもらっていることには感謝しなければなるまい、この身体の持ち主は......だが。  しかしながら、俺にはどうしても気にかかることがあった。  この身体の持ち主...高瀬とかいうガキの魂(?)と俺の元の身体の行方だ。まぁ俺の身体はダメかもしれないが、この身体からすっぽ抜けた魂は何処に行ったんだ? ―気になる.....―  とは言え、ミハイルに訊くわけにもいかない。ひどく悶々としていた。  彼の魂が戻ってくるまで大人しく成りすましているにしても、高瀬 諒とはどういう人間だったのか......それすらも俺は知らない。  幸いにも、身体の持ち主の所持品のバッグが手元......と言っても部屋の隅の棚だが、来ていた。スマホのデータの復元は出来ないものだろうか?  俺は、食事を持ってくる執事らしき男に訊いてみた。 「あの......僕のスマホ、もうダメですか?データとか取り出せませんか?」  執事らしき男は、少しばかり考え込んで、それから慇懃に答えた。 「私からは何ともお答えできませんが......。ご主人様に伺ってみましょう」 「お願いします」  俺は頭を下げ、執事の背中を見送った。丁寧な口調やら態度というのは、あまり得意な方ではないが、俺達の組織も表向きは、カジノや飲食店を経営する『会社』だったし、一応、副社長だった俺は、表向きの『営業』もしていたから、それなりの言葉使いは出来るが、やはり収まりは悪い。とりあえず何とか頼み込んで、彼のディバッグをベッドの傍らに置いてもらった。 ―はあぁ.....―    溜め息をつき、窓の外を眺める。骨折は幸いにも複雑では無かったらしく、医者が言っていたのを漏れ聞くぶんには、あと2週間もすれば松葉杖で歩くくらいは出来るようになるという。いずれにせよ、2週間は長い。しかも触れてみて判ったのだが、この身体は筋力が弱い。  いや、怪我で寝たきりでいればそれ相応に弱くはなるが、それ以前にひどく脆弱だ。痩せすぎてはいないが、運動などからきし出来そうにない身体だ。以前の俺の身体なら、脚を使えなくても、腕だけでも部屋の隅くらいまでの行き来は出来るが、この細い腕では無理だ。俺は半分の太さの腕とぺったらな腹をなんとかすべく腹筋を始め、ベッドヘッドで腕力を付けることにした。が、とにかくすぐ息があがる。 ―くそっ.....!―  食事はとにかく食べた。が、元々が食べても太らない質らしく、なかなか思うように身体が作れない。  ジリジリと苛立ちがつのる。バッグの中の荷物を漁っても、これといったものは出てこない。大学の教科書らしき厚めの本が2、3冊。経済関係を勉強していたらしい。それとパスケースにメトロの定期券。財布の中の何かの会員カードから、都市部に近いベッドタウンに住んでいたらしいことは分かった。  それと、ディバッグのポケットから家族らしい写真....制服を来た中学生の女の子と両親と、彼.....妹がいたらしい。 ―何があったんだ?―  ミハイルの話をかいつまんで思い出せば、伯父という人に騙されてヤクザに売られて男娼にされるところだったという。 ―まぁ、この容姿じゃなぁ.....―  鏡に映る姿は、中性的な美形ではあるだろうが、頼りなさすぎる。それは嗜虐性をそそるような儚さを漂わせ、その手の男達には格好の餌食だろう。 ―冗談じゃねぇ.....―  俺はそっちの趣味は無かったが、その手のクラブの経営やらを任されていた連中に言わせると『女より病みつきになるセレブな客も多い』らしい。俺はヤる方もあまり関心は無かったが、ヤられるなんざ、まっぴら御免だ。  ミハイルの身辺を探らせていた時にも特段、そういうネタは無かった。ヤツの狙いは、そういうことではない。俺はそうは思いたくなかった。 ―アイツの狙いは、俺を犯ることじゃない。他の何かだ。―  俺はしんと静まった部屋の中で自分にそう言い聞かせた。そうであって欲しかった。

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