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第5話

 「待たせたな」  ミハイルが、ポン...とベッドに半身を起こした俺の膝の上にま新しいスマホを投げて寄越した。  「これは?」 と尋ねるとニヤリと口許を歪めた。 「お前の新しいモバイルだ」  執事を通して頼んでおいたスマホのデータのサルベージに時間がかかった...とミハイルは肩をすくめた。 「中身を確かめるといい」  通話履歴、メール、SNS .....、何人かの友人との他愛のないやり取りを見ると、やはり年頃の若者だ。だが、とあるメールを開いた時、俺は硬直した。そこには動画と画像が添付されており.....明らかに性的な虐待を受けている少年の姿があった。相手は少年よりやや年上で複数いた。男達は、両手を頭上で拘束され目隠しされた少年の性器や後孔を弄んでいた。大きく両脚を拡げさせられ、恥部も露に男達の手や逸物で後孔を咥え込まされている。 ―いやだ、痛い、止めて!......―  泣き叫ぶ声、男達の下卑た嗤い声.....。凌辱は延々と続き、次第に少年の声は、啜り泣きに変わり、喘ぎ声に変わる。涙に咽びながら色の薄い性器から幾度となく白濁を吐き出す様までも克明に記録されていた。  少年の後孔に男の逸物が突き入れられている様子を間近で写したもの....少年が男達に凌辱され尽くし、ぽっかりと開いた後孔の紅く腫れた肉襞から男達の精液らしき白濁を滴らせている姿...。俯せで高く上げた尻を男の指が押し開いている。こちらに向けた顔は既に正気を失って、だらしなく口を開き、虚ろに目を見開いている。ベッドの端に座った男に膝を抱え上げられ、白濁に汚れた腹と力なく垂れた性器の下で、やはりこじ開けられた後孔がひくつきながら男の精液を垂れ流していた。  動画とともに、その恥ずかしい姿を恥部から煽って撮られた顔入りの画像が何枚も添えられていた。  メールの本文は淫らな姿を晒した少年を卑猥な言葉で揶揄し、言う通りにしなければ、ネットに画像や動画を晒す.....という明らかな脅迫だった。  そして、少年が行くように指定された場所は、俺がこいつに、ミハイルに追い詰められたビルの隣のホテル.....日時はちょうど重なる。 「どうした、顔色が悪いぞ」  スマホを手にしたまま固まった俺にミハイルが囁き......俺はふっと我に還った。 「何でもない.....」  俺はメールを閉じ、その少し前に彼が友人に送ったらしい別のメールを開いた。そこには両親が事故死したこと、妹は母方の祖父母に引き取られたこと、両親が多額の負債を抱えており、大学を辞めねばならないかもしれない...との報告がなされていた。 『負債は伯父さんが肩代わりしてくれる、と言っていた。代わりに来月から伯父さんの会社で働くことになった』 ―だが、その伯父さんとやらの用意した仕事は、男娼だった.....て訳か―  確かに、この見てくれの良い容姿(なり)なら、仕込めばかなりの上客も付くだろう。外国の変態爺どもには、日本人は華奢で肌も美しく従順だ.....と大枚をはたいて囲いたがるヤツも少なくない。 ―結局、こいつもそのひとりか.....―  思わず上目遣いでミハイルを睨む。が、ヤツは余裕たっぷりの笑顔で俺の顎に指をかけた。 「高瀬物産....君の父上の会社はいい取引先だった。君が『いい子』で私の言うことにちゃんと従えるようになったら、会社を取り返してやってもいい」  なるほど、そういうことか.....と俺は思った。このガキの伯父さんとやらが乗っ取った会社を取り返す.....というより、手中に収めるために、こいつを買い取ったわけだ。 「わかるね.....パピィ」 ―仔犬だと.....! 止めてくれ!― 『九龍の鷲』と呼ばれた俺が仔犬扱いなんぞ到底許せる訳が無い。腹の底から睨み付ける俺にミハイルはニヤリと笑って顔を寄せてくる。 「ち、近い。近いぞ、お前.....! 」  つい地に戻ってがなりたてる俺の唇を何かひんやりとした柔らかいものが塞いだ。それがヤツの唇だと理解した時、俺は腹の底から悲鳴を上げそうになった。息が詰まるほど、しつこく強く吸い上げられて呼吸困難になりそこなったあたりで、ヤツはやっと顔を離し、俺の頬を軽く叩いた。 「『ご主人様』だ。パピィ。ちゃんと覚えられるように、躾けてやらないといかんな」  くくっ.....と喉を鳴らし、背を向けたヤツの背後で、俺は無様に咳き込みながら、ブルーグレーのスーツの背中を睨み付けた。俺と外界とを隔てるデカい壁のようなそれは、俺の足掻きを嘲笑うように悠然とドアの外に消えた。

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