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第18話

 ホテルの部屋にた戻ってから、俺は少しの時間をひとりで過ごした。上着を投げ捨てて、シャツのままベッドに寝転がり、じっと天井を見つめていた。 ーヤツは何か気づいているのか.....?ー  胸の中に言い知れない不安が沸き上がる。ヤツが今日、俺を連れ歩った場所は、以前の俺の馴染みの深い場所ばかりだった。ヤツが礼装の仕立に選んだブランドはボスの行きつけだった。九龍砦塞も、帰りに餅(ピン)を買った屋台さえ、俺が馴染みにしていたオヤジの屋台だった。そして、今日は....この身体に入る前の俺の誕生日だ。 ー偶然なのか、何かを企んでいるのか......ー  俺は深く息をついた。この身体の中にいる俺が、ラウル-志築-ヘイゼルシュタインであることは誰も知らない......はずだ。ヤツは自分で手に掛けた俺が生きているなどと思いたくもないだろうし、リアリストのヤツが『魂』の存在を信じているとは思えない。が、疑いを持っているような不穏な気配に俺は身を竦ませた。  同時に、ほぼ近接した場所から転落したこのガキの身体に俺の魂が迷い込んだとして、もう俺にはなんの力も無い。ヤツがこのガキを買い取った理由はよくわからないが、このガキの父親....今は伯父の所有になっているであろう会社と日本の暴力団組織の癒着を餌に何かを仕掛けるつもりなのか......俺には皆目、見当が着かなかった。ただ、言えることは、 ーこの状況は、ヤバい.....ー  カマを掛けられているのか、探りを入れられているのか......ともかくもこの状況はヤバ過ぎる。情けない話だが、俺は自分の正体を暴かれること以上に、ヤツに染められていくことが怖かった。他人のガキの身体とはいえ、ヤツに抱かれ、ヤツのモノを咥え込まされて歓喜にうち震えるように仕込まれていく自分が何より怖かった。ヤツの言うとおり、ヤツの雌にされて、飼われて、身も心も染め上げられる。  それは俺にとって、底無しの恐怖だった。 ーあの時、すっきりとあの世に行っていれば......ー  自分のしぶとさを、命根性の汚さを恨む他はない。今となっては、自分のものではないこの身体を勝手に傷つけて逃げるわけにはいかない。あのロシアのカフェで見かけたのが、間違いなく『俺』だったとしたら、そこに入っているのは、おそらくはあのガキだ。この身体の元の持ち主、タカセとかいう日本人のガキだ。ならば、時間をかけても、この身体をそいつに叩き返して、俺の身体を取り戻す。  俺の腹は決まっていた。 ー逃げる....! 何としても.....ー  この香港は俺の庭だ。どんな細い路地でもわかる。この首輪のGPS さえ外せば、追っ手を巻くことは難しくはない。 ー一度きりのチャンスだ.....ー  上手く逃げおおせれば、どこかの店のウェイターくらいには雇ってもらえるだろう。訳アリの奴なんぞ掃いて捨てるほどいる。差し当りは無用な詮索などせずに働かせて貰えるかもしれない。そうして少しも金が貯まったら、偽造パスポートでも買って日本に帰ろう。こいつの故郷が何処かは知らないが、繁華街なら身を隠す場所もある......。 「起きなさい、時間だ。着替えなければならないだろう?」  いつの間にか転た寝をしていたらしい。耳許でヤツが囁き、唇が塞がれる。 「止めろよ.....」  一刻も早く逃げなければ....ヤツの、ミハイルのブルーグレーの瞳に絡め取られる前に、何としても逃げて、元の俺を取り戻す......俺は固く心に誓って、気合いを込めて身を起こした。 「さぁ早く......皆が待っている」  ヤツは、ニンマリと笑って俺を促した。

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